雨色プラスチック | ナノ
「失礼します」

声をかけて、ブルーベル様の部屋に入る。彼女専用の水槽に入っていたブルーベル様は、私の姿をみとめると、水からあがってこちらにやってきた。私の目の前に立って、無言でこちらを見ている。
私がタオルを差し出すと、ブルーベル様は小さな声で「ありがと」と言って、体を拭き始めた。その間も、どこか落ち着きがなく、そわそわしている。

「……何か?」

私が訊ねると、ブルーベル様は一瞬びくっと体を震わせてから、躊躇いがちに口を開いた。

「…昨日の怪我はどうなの?」
「…ぇ……」

目をぱちくりと瞬かせる私に、ブルーベル様は一気にまくし立てた。

「べべ別に心配なわけじゃないけどっ! 一応アンタは部下だし、ブルーベルにもちょっとは責任あるし! どうでもいいけど大丈夫かなって思っただけ!」

叫ぶように言われた内容を頭で噛み砕く。
……ああ、心配されてるのか?

「大したことはございません、あまり痛みもありませんから。お気遣いありがとうございます」
「……なら、いいの!」

ブルーベル様は一瞬顔を輝かせて、慌てたようにいつも通りの表情を取り繕って言った。
それから、無造作に置かれていたマントを羽織ると、ベッドの上に戻ってちょこんと座り込む。それを見てから、私はいつものようにドア付近に立った。すると、何故かブルーベル様は不満げに私を見た。……何かしてしまっただろうか。

「……何やってんのよ」
「はい?」
「そんなとこに突っ立ってんないで! こっち!」
「は、はい」

慌てて近付く。しかし、ブルーベル様は満足げに頷くだけで、何を指示するでもなくベッドに腰掛けたままだ。

「…?」

私はどうしたら良いか分からずに、立ち尽くす。
しばらく遊ぶように足をバタつかせていたブルーベル様は、不意にベッドから飛び降りて私を見上げた。

「筋トレするから」
「は、はあ…」

私が頷くと、ブルーベル様は私から目を逸らした。そして、沈黙が続く。……何か、用意するものがあっただろうか。ブルーベル様は、いつもその辺にある器具を使って筋トレしていて、特別に用意するものはなかったはずだけれど。
考えている私の前で、ブルーベル様は相変わらず、何か言いたげに私を見ては目を逸らす。……何が仰りたいのだろう? 私には読心術の心得がないから分からない。無意識に首を傾げると、ブルーベル様は意を決したように口を開いた。

「筋トレのやり方! 教えて!」
「……は、」

口をぽかんと開けて間抜けな顔をする私に、ブルーベル様は顔を真っ赤にしながら叫ぶように言った。

「アンタが前に『やり方が違う』って言ったんでしょ!」
「……ああ」
「だだだ、だから…」

ブルーベル様は下を向いて、もごもごと「正しいやり方…教えて、ほしくて…」と呟いた。なるほど。

「私で良ければ、ご教授させて頂きます」

パッと顔を上げたブルーベル様は、本当に嬉しそうな表情だった。つられて私まで嬉しくなった。

とりあえず、少しやり方を直して、全体の回数を減らした。そのことに、ブルーベル様は少し不満げだった。

「何で減らすのよ?」
「ブルーベル様には、既に必要な筋肉は付いてらっしゃいますから、回数を多くこなす必要はありません。筋肉を維持できる程度の数で良いのですよ」
「……でも、たくさん筋肉付いてた方が早く泳げるんでしょ?」
「単純に、多ければ良いというわけでもないのです。あまり多いと沈んでしまいますから」
「そうなの?」
「ええ。筋肉は重いですからね」
「ふーん」

それから、1時間ほど筋トレをした。器具を使わない、本当に筋肉を維持するためだけの簡単なトレーニングだ。

「お疲れ様です」
「ブルーベル、お腹空いた!」
「昼食までは後30分ほどです。…それまでに汗を流してきては如何でしょう? そのままでは風邪を召されてしまいます」
「そうする!」

ブルーベル様は、笑ってシャワー室に駆けていった。

……少しは慣れてもらえたと思っていいのだろうか。
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