雨色プラスチック | ナノ
「失礼いたします」

カチャリ、とドアノブを回して扉を開く。昨日から私の直属上司になったブルーベル様は、こちらに見向きもせずに、熱心にコップに向かって話しかけていた。

「ねー、ブルーベア?」

彼女の目の前に置いてあるコップには、なみなみと水がつがれていて、コップの側面にはドット絵の可愛らしいクマが描かれていた。おそらく、それがブルーベアなのだろうと察しが付く。だが、ブルーベル様はコップというよりも、むしろコップの中に入った水を見つめているようだった。

何も言われなければ特に何もしなくていい、と白蘭様に言われていたため、ドアの側に立っていることにした。ブルーベル様からの命令がなければ、私は日がな一日突っ立って過ごし、何もせずに仕事を終えることになるのだ。

「……」

ふと、ブルーベアに話し掛けていたブルーベル様の声が途切れた。顔を上げると、彼女はこちらを見ていて、バッチリと目があった。途端にギロリと睨み付けられ、思わずたじろぐ。だが、表面上はあくまでも平静を装って、無表情でブルーベル様を見つめた。

「…なに見てんのよ」

怒られてしまった。

「申し訳ありません」

謝って、目を伏せる。
理不尽だ、と感じることすら無意味だと思う。彼女は私の上司なのだから、理不尽も無茶も不条理も許されるのだ。
うだうだと、無駄なことに思考を費やす。そうでもしなければ、私はこの空気には耐えられないし、正直ひどく退屈だ。

そのまましばらく床と睨み合っていると、ブルーベル様が小さく呟いた。

「…のど渇いた」

ともすれば聞き逃してしまいそうな声だった。
部屋にあった冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、コップに注いでブルーベル様に手渡す。白蘭様から、ブルーベル様は水が大好きなのだと聞いていた。彼女は少し不機嫌そうな表情になって、水を飲み干した。

おそらく、今の言葉に私が反応しなければ、ブルーベル様は白蘭様に「役立たず」だと仰って、一週間を待たずに辞めさせるつもりだったのだろう。だが私の方としても、あまり自分の評価を下げたくはないために必死だ。クビなんて、洒落にならない。

「ブルーベル、お腹空いたんだけど」

白蘭様から渡されていたマシュマロを出す。ブルーベル様は更に不機嫌そうになった。

「こんなんじゃ足りない」
「ですが、昼食まであと2時間もありません。それ以上召し上がりますと、」
「…っうるさい!」

ブルーベル様は叫んで、コップを投げつけてきた。まっすぐ顔に向かってきたそれを何とか寸前でキャッチする。

「部下なんだから、ブルーベルの言うとおりにしてればいいの!」
「申し訳ありません。体調管理も、世話係の仕事ですので」
「ブルーベルは世話係なんかいらないっ!」
「……それは、白蘭様におっしゃってください」

しばらく私を睨み付けていたブルーベル様は、すぐに目を逸らしてそっぽを向いてしまった。
しばらく待ったが、彼女がそれ以上何か言葉を発する様子はなかった。なのでブルーベル様のお部屋に備え付けられている給湯室の簡易キッチンで、コップを濯ぐことにした。すぐに終わらせて部屋に戻ると、ブルーベル様は筋トレを始めていた。
しばらくそれを見ていたが、ブルーベル様のやり方では、身体に必要以上の負担がかかってしまっている。……余計な口出しかもしれないけれど、やはり言った方が良いだろうか。

「……ブルーベル様」

散々迷って出した声は小さかったが、ブルーベル様はぴたっと動きを止めてこちらを睨んだ。

「……何よ」
「恐れながら、そのやり方では腰を痛めてしまうかと」

ブルーベル様の目が、キッとつり上がる。

「ブルーベルはこれでいいの! 何にも知らないくせに口出しすんなっ!」

勢い良く叫んだブルーベル様は、ふんっと私から顔を逸らして筋トレを再開した。

「……差し出がましい真似をしてしまい、申し訳ありません」

頭を下げて、ドアのところまで戻った。
一週間後にまた異動させられる私の姿が、鮮明に頭に浮かんだ。
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