雨色プラスチック | ナノ
「は……世話係、ですか?」
「そ」

唖然とする私に、白蘭様は笑いながら答えた。

「なまえちゃんならできるでしょ?」
「……やれと言われれば、もちろんやりますが」

私がひとつ頷くと、白蘭様はにこりと笑って立ち上がった。

「よし決まり。じゃ、行こうか」

楽しげな雰囲気で少し前を歩く白蘭様について行く。



事の始まりは数十分前、私が白蘭様に呼びつけられたところから始まる。ボス直々に呼び出されるなど、私は何かやらかしてしまったのだろうか。不安に思いながら訪れると、突然異動を言い渡された。

「真6弔花、ブルーベルの補佐兼、世話係になって欲しいんだ」

白蘭様はマシュマロを指で弄びながら、飄々と告げた。
そして、冒頭の私のセリフにいたるわけだ。

一応言っておくが、私の本業はあくまで殺し屋なのだ。純粋な戦闘要員の私を世話係に任命するなど……もちろん、白蘭様には何か思惑があるのだろうが、それにしても余りに無茶な人事だと思った。口には出さないけれど。
上の命令に逆らえないのは、マフィアもカタギも同じだ。逆らえば、クビを切られる。それが、紙面上の話かリアルな話かの違いだけで。



「なまえちゃん。ここだよ、ここ」

余計なことを考えていた間に、ブルーベル様の部屋に着いたらしい。立ち止まった白蘭様は、にっこりと笑い、軽くノックをして中に声をかけた。

「ブルーベル、入るよー」

キィ、と少しだけ軋んだ音を立てながら開いたドアの先には、可愛らしい少女がいた。

「…ぇ?」

思わず声を上げてしまう。
真6弔花だと言うから、私はもっと人間離れしていて、見るからに戦闘能力が高そうな人を想像していたのだ。目の前にいる女の子は、少なくとも私の想像とは似ても似つかない、ただの(という言い方は失礼だけど)小柄で華奢な女の子だった。

「びゃくらん!」

これから私の上司になるブルーベル様は、白蘭様を見て顔を輝かせた。声を上げて嬉しそうに彼に飛び付くブルーベル様と、それを優しく受け止める白蘭様は、端から見れば仲のよい兄妹に見えて、少し微笑ましい。
ふと、ブルーベル様と目があった。彼女はじろりと睨むように私を見てから、不機嫌そうに言った。

「ダレ?」
「この子は、なまえちゃん。今日から君の補佐につくんだ。世話係も兼任してもらうから、ブルーベルのお姉さんってところかな」

白蘭様……世話係の話をブルーベル様にしていなかったのか。少し驚いた。
ブルーベル様は、品定めでもするかのようにジロジロと私を眺め、ぷいっとそっぽを向いた。

「お姉ちゃんなんて、ブルーベルには必要ないもん」

きっぱりと断られてしまった。

「……んー、」

白蘭様は相変わらず笑いながら、考えるように唸った。

「ブルーベルには白蘭がいるからいいのっ!」
「それがね、僕も仕事が忙しくなってきちゃってさー」
「……にゅー」

ブルーベル様は、口を尖らせて不満げな様子だった。

「なまえちゃんはいい子だし、気が利くし、それなりに強いし、きっと役に立つよ? 言えば何でもしてくれるから、便利だよー」
「やだやだ! いらない!」
「そんなこと言わないでよ、ね? ブルーベル」

白蘭様がブルーベル様を宥める声は、正に兄が妹に掛けるそれだと思った。私には兄弟がいないから、イメージとしての話だけど。

「そうそう、なまえちゃんは表の仕事でトレーナーをやってたんだって。ね、なまえちゃん?」
「え、あ…はい」

いきなり話を振られて、内心驚きながらも返答する。確かに、トレーナーだったけど……今の状況と何の関係があるのだろう?

「だから、効率の良い筋肉の付け方とかアドバイスして貰えるよ?」

……ええと…どういうことだ?
いまいち話の内容が掴めなかった私に気付いたのか、白蘭様は「ブルーベルは速く泳げるようになりたいから、毎日筋トレしてるんだよ」と説明してくださった。なるほど、それで部屋の隅に鉄アレイやら何やらが置かれているのか。分かりやすく存在感を放っているが、女の子の部屋にはミスマッチなものだと思っていたのだ。

「ね、ブルーベル」

にっこりと笑う白蘭様とは対照的に、ブルーベル様の表情は険しい。それを見た白蘭様は、笑顔に困ったような色を滲ませた。

「……じゃあ、とりあえず一週間でいいよ」
「でもっ…」
「だーめ。一週間経って気に入らなかったり、役に立たないようなら世話係からは外すから」
「………………わかった」

本当に渋々と言った感じでブルーベル様は頷いた。
……こんなに嫌がっているのだから、無理矢理つけることもないだろうに。白蘭様は、本当に何を考えているのだろう。

「よし、いい子いい子」

白蘭様はブルーベル様の頭をくしゃりと撫でてから、「じゃあ僕は仕事に行くね」とドアに向かった。側に控えていた私は、さっと扉を開く。

「ありがと♪」

楽しそうに笑って、白蘭様は出て行った。扉を閉めて、ブルーベル様に向き直る。彼女は心底不機嫌そうな顔で私を睨みつけていた。

「初めまして。これからブルーベル様の身の回りのお世話をさせていただきます、なまえと申します」

頭を下げる。ブルーベル様はしばらく何も言わなかったけれど、少ししてから怒ったように言った。

「…一週間だけだから!」

…………何故だか私は物凄く嫌われているようだった。
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