雨色プラスチック | ナノ
ブルーベル様が風邪を引かれた。


彼女は昨日、ふと夜中に目を覚まされたらしい。一度目が覚めてしまうと再び眠ることができなくなってしまうブルーベル様は、何となく泳いでみる気になったそうだ。カーテンを開けて、窓越しの月明かりに照らされながら泳いでいたブルーベル様。


今朝、いつも通りの時間に来た私が見たのは、ぷかぷかと水に浮きながら眠りこけるブルーベル様の姿だった。

「ブルーベル様…、」
「…ぅー」

言いたいことはいろいろとあるのだけれど、弱って涙目のブルーベル様に説教をすることなどできない。

「なまえ…」
「はい、なんですか?」

とろん、とした目付きで、手を宙に彷徨わせる彼女。その手を掴むと、ギュッと力を込めて握られた。私が握り返して、一瞬安心したように笑ったブルーベル様が目を閉じる。それからしばらくして、穏やかな寝息が聞こえてきた。

彼女の寝顔をしばらく眺めた後、私は静かに立ち上がった。







おかゆを作って部屋に戻ると、ちょうどブルーベル様が目を覚まされたところだった。

「んにゅ…なまえ?」
「おはようございます。おかゆを作りましたが、食べられますか」
「…ん、たべる…」

背中に手を添えて、ブルーベル様の体を起こす。
起き上がった彼女はぼーっとして、虚空を見つめていた。顔はまだ赤いし、思ったよりも重症らしい。

「少しで構いません。食べられるだけ食べたら、薬を飲みましょう」
「…ん、」

小さく頷いたブルーベル様は、スプーンを手に取って、危なっかしい手つきで口に運んだ。

「…失礼いたします」

見かねて、スプーンを持つ彼女の手に、自らの手を添えて支える。
何口か食べてから、ブルーベル様は「…もういい、ごちそうさま」と私にスプーンを渡した。それを受け取って、代わりに用意していた薬を渡す。彼女は少し嫌そうな顔をしたが、水で何とか飲み干してみせた。

「うぇ…」
「良薬口に苦し、ですよ。さあ、もう一度お休みになってください」

もぞもぞとベッドに横になるブルーベル様に、布団をしっかりとかけた。

「なまえ…、」
「はい」
「ちゃんとここにいてね」
「ええ、もちろんです」

布団に添えた私の手を、ブルーベル様が握る。熱にうなされて、いつもよりぼんやりとした瞳が私を捉えた。

「なまえは、…」
「なんですか?」
「ブルーベルといるの、嫌?」
「…え?」

予想外のセリフに、思わず固まってしまった。

「…、命令だから、仕方なく、傍にいてくれるんじゃ」
「……どうしてそう思われるのですか?」
「……」

なるべく穏やかに問いかけると、ブルーベル様が一瞬ためらうように黙り込む。
数秒の沈黙の後、彼女は再び口を開いた。

「なまえ、…ブルーベルといるとき笑わないもん」

言われて、思わず目を丸くした。

…確かに、彼女の言うとおりだ。私は感情をあまり表に出してこなかった。だけどそれは別に、ブルーベル様の前だから、ではなくて、裏の世界で生きると決めた私の、一種の癖のようなものだった。

まさか、それがブルーベル様を不安にさせているなんて。考えたこともなかった。

「…ブルーベル様」
「……」
「私は、いくら命令でも居心地の悪い人とは一緒にショッピングはしませんし、ましてやその人のために料理なんてしません」


上手く、伝わるだろうか。
上手く、笑えるだろうか。


「ブルーベル様の世話係はこの私です。頼まれたって、他の誰にも譲りません」


ブルーベル様はゆるゆると柔らかく笑って、瞼を閉じた。すぐに規則正しい寝息が聞こえてくる。

「……」

ああ、この気持ちは何というのだろう。
義務感でもなく、忠誠心でもなく、ただ純粋に、守りたいと思うのは。
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