ノックをしてから、「失礼します」と上司の部屋に入る。
「おかえりー、買い物楽しかった?」
マシュマロを指で弄びつつ、笑顔の白蘭様はそう言った。
「…ブルーベル様に変なことを教えるのはやめていただけますか」
「ウィンドーショッピングのこと?」
私が無言で頷けば、彼は「アハハー、ごめんごめん」と適当極まりない返事をしてきた。
……まあ、言っても無駄だとは思っていたけれど。切り替えるように、大きく息を吐き出す。
「白蘭様」
「んー?」
「ひとつ、お聞きしたいのですが」
「なあにー?」
頬杖をついてマシュマロを食べながら、笑顔でこちらを見る。……この人は、もしかして勤務中ずっとマシュマロを食べているのだろうか。だとしたら、一日の糖分の摂取量は相当な……いや、今はそんなことはどうでもいい。
「ブルーベル様には、お兄様がいらっしゃるのですか?」
「…それ、ブルーベルから聞いたの?」
「…寝言で、」
「そうなんだ」
白蘭様は頬杖を止め、体を完全にこっちに向けた。
「うん、いるよ。……正確には、いた、だけどね」
「…そうでしたか」
「昔、ブルーベルを庇って交通事故で死んじゃったみたい」
「……」
…だから彼女は、あんなに苦しそうな表情で。
行かないで、と掴まれた時の、弱々しい手の感覚が蘇る。
「一応、ボクが代わりっていうかさ、そんな感じだったんだけど。一人だけに依存するのは、やっぱり良くないかなーと思って」
だから、なまえちゃんに頼んだんだよ。
「予想通り……いや、予想以上だったよ。なまえちゃんはブルーベルにすっごく慕われてる。本当のこというと、一週間なんかじゃ絶対懐かないと思ってた」
妬けちゃうなー、と笑いながら、白蘭様が私を見据える。
「……」
「これからも、ブルーベルのことよろしくね。なまえちゃん」
「……はい、もちろんです」
白蘭様に頭を下げ、部屋を後にする。
今までは正直話半分に聞いていたのだけれど……あの人が、パラレルワールドを行き来できるというのは、きっと本当のことなんだろうと確信した。多くの経験をして、いろんなことを見てきたんだ。
だから、あんなに「兄」の仮面を被るのが上手いのだろう。
白蘭様を敵に回す気はさらさらない。
だけど、ブルーベル様だけは。
彼女のことは、私が、守ってみせる。
小さく拳を握って決意をした。