街に着くと、ブルーベル様はわくわくとした表情で周りを見回した。
アジト近くのこの街はいつも賑わっていて、平日でも人通りが多い。そわそわしている様子を微笑ましく思いながらも、はぐれないようにとブルーベル様に注意を促そうとしたとき、彼女が私の腕に自分の腕を絡めた。
「行くわよなまえ!」
「え、…!?」
そして、制止する間もなく、ブルーベル様は勢いよく走りだした。
「ちょっ、ブルーベ…るっ様…!」
楽しそうなブルーベル様には、私の声は届いていないらしい。しっかりと腕を組んでいるため、必然的に私も駆け足になる。もちろん、一人でどこかに飛び去られるよりはずっとマシなのだが…。
人混みの隙間を縫うようにして走っている私たちを、すれ違う人たちが何事かという目で見てきた。
「ブル、っベルさ、まっ! ちょっ、止まってください!」
少し声を張り上げると、ピタッと足を止めたブルーベル様が不満そうな表情で振り返った。
やっと止まれたので、私は軽く息を整える。
「…何で止めるのよ」
表情と同じく不満そうな声音でブルーベル様が尋ねてきた。
「いえ、あの…ブルーベル様は何故突然走り出されたのですか?」
どこか行きたいところでもあったのだろうかと首を捻った私に、ブルーベル様はきょとん、と不思議そうな表情を浮かべた。
「だって…ウィンドーショッピングでしょ?」
「ええ…、ですから、なぜ走り出されたのかと」
「…え?」
「え?」
ブルーベル様が首を傾げる。つられて私も首を傾げた。
「風のように素早く通り過ぎるから、ウィンドーショッピングっていうんでしょ?」
「……」
絶句した。
「なまえ?」
「……それは、誰から聞いたのですか?」
「え? びゃくらん、だけど…」
「……」
思わず頭を押さえた。
「なまえ? どうしたの? 大丈夫? 体調悪いの?」
「い、いえ…お気遣いありがとうございます」
とりあえず、ブルーベル様にはウィンドーショッピングというものについて、正しく説明させていただくことにした。
あのふざけたマシュマロ上司には、後できっちり文句を言わせてもらう。
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ブルーベル様に、正しいウィンドーショッピングを理解して頂いた後は、のんびりと楽しんだ。時々、ディスプレイされた女の子向けの雑貨に目を輝かす彼女は、年相応で可愛らしい。
ふと腕時計に目をやると、いつもお昼を食べている時間を30分ほど過ぎていた。…しまった、もうそんな時間だったか。
「ブルーベル様、昼食はどうしますか?」
私の言葉に顔を上げたブルーベル様は驚いたような顔をした。
「え? もうそんな時間?」
「申し訳ありません。私も気が付かず…」
「うん、でも確かに言われてみればお腹すいたかも…」
「何か食べたいものはありますか?」
私が尋ねると、「うーん…」と迷ったような声を出して悩み始めた。
「…あの、もしよろしければなんですが、この近くに私がよく行っていたお店が」
「行く!」
私の言葉を最後まで聞かずに、ブルーベル様は即答した。
「早く! お腹すいた!」
ブルーベル様は待ちきれないとばかりに私の腕をつかむ。逆に私が引っ張られるような格好になってお店に着いた。
その店は少しわかりにくい場所にあるが、人柄のよい老店主が経営する、落ち着いた雰囲気のイタリア料理店だ。もちろん料理もおいしくて、ミルフィオーレで忙しくなるまでは、私もずっと常連だったのだ。
ブルーベル様と一緒に店に入ると、店主がこちらを見て笑みを浮かべた。
「いらっしゃい。久しぶりだねぇ、なまえちゃん」
「お久しぶりです」
「…おや?」
軽く会釈をすると、店主が何かに気付いたように私の後ろに目を向けた。その視線の先のブルーベル様は私にしがみついて、警戒心のこもった目で彼を見つめる。
「なまえちゃんの後ろの、可愛らしいお嬢さんはどなたかな?」
「ああ、えっと…」
ちらり、と彼女を見やる。まさか本当のことを言うわけにもいかない。
店主は私の言葉の続きを待っている。ブルーベル様が、私の服をつかむ力を強めた。
「…妹なんです。すみません、この子人見知りで」
私が笑うと、店主も納得したように笑った。
「ああ、通りで仲が良さそうなわけだ」
「ありがとうございます。あと、注文は…」
「いつもの、だろう?」
いたずらっぽく笑ってウインクした店主に、思わず目を丸くした。
「常連の注文くらいなら、ちゃんと覚えているよ」
「…ありがとうございます」
この人はカタギですごくいい人だから、本当は関わるのが怖かったのだけど。
これからは少しずつ時間を見つけて、たびたび店に来ようと思った。
「それで…、妹さんはどうするかね?」
「お姉ちゃんと一緒の」
私の後ろに隠れながら、ブルーベル様が言った。店主は朗らかに笑って了承の意を示した。
窓際の二人席に、ブルーベル様と向かい合って座る。
「申し訳ありませんでした」
私が謝ると、窓の外を見ていた彼女は怪訝そうな顔でこっちに振り向いた。
「え、何が?」
「妹だと、とっさに嘘をついてしまって…。合わせてくださってありがとうございます」
「別に…そんなのいいのに…」
軽く頭を下げると、ブルーベル様は少し照れたようにうつむいて、小さく何事かを囁いた。
聞き逃してしまいそうな小さなその音は、確かに私の耳には届いていて、私は零れ出す笑みを抑えることができなかった。
「だって…、なまえはもうブルーベルのお姉ちゃんみたいなものじゃない」
本当の意味で、彼女に認めてもらえたような気がした。