7.5B
ある日の放課後、私はツナに呼び出されて彼の家に向かっていた。
学校で話せばいいのに、一体何の用だろう。内心で首をひねりながら、ピンポーンとインターホンを鳴らせば、何故かビアンキさんが出た。
「あ、こんにちは」
「いらっしゃい、なまえ。ツナなら二階に居るわ」
「ありがとうございます」
彼女はにこりと笑って、私を招き入れた。今日も今日とて綺麗な人だ。
ビアンキさんはそのままリビングの方に行ってしまったので、一人で階段を上る。そして、ツナの部屋のドアをノックすると、扉は中から開いた。
「ああ、なまえか」
ツナは私が入れるように、少し横に避けた。中を見て、私は思わず動きを止める。
中では、どこかで見たような黒服の男の人が床に座っていた。えーっと、誰だっけ……。
「…あ、」
───ディーノさんの、部下の人だ。
私が会釈をすると、黒服の男の人も頭を下げた。
「コイツは、ロマーリオってんだ」
ロマーリオさんの隣に座っているリボーンくんが教えてくれた。
「あ、私は…」
「みょうじなまえちゃんだろ? 知ってるぜ」
自己紹介しようとした私の言葉を攫って、ロマーリオさんが言った。……うん、そうか。そういえば、財布拾ってくれた時にも何故か知ってたね。
ツナに促され、ロマーリオさんの真正面に座る。……何だこれ。どういう状況?
ぼんやりとロマーリオさんを見ていると、突然彼は私に向かって深く頭を下げた。ええぇぇえぇえ……ちょっ、ええ? ほとんど土下座みたいな体勢に、私はびっくりして固まってしまった。
「すまない」
「え、あの…」
「ボスのこと、許してやってくれ」
すっ、と肩の力が抜けた。
……ああ、何だ。そのことか。
呼び出された理由を知って、頭は一瞬で冷静になった。目の前で土下座をするロマーリオさんが、どこか遠くに見える。
「……顔を、あげてもらえませんか」
大の大人に土下座をさせているという事実が申し訳なくてそう言うと、ロマーリオさんはゆっくりと顔を上げた。
ああ、この人は何を勘違いしているんだろう。
「…許すも何も、私は、」
この人が、何に対して謝っているのかは知らない。けれど、私は。
「私は、ディーノさんに対して怒ってなんかいませんよ」
ロマーリオさんが、驚いたような顔をする。
だって、そうだろう。
ディーノさんはいつだって優しかった。私のことをちゃんと考えて行動してくれた。
何を、怒ることがある?
「……なら、」
少し間を置いて、ロマーリオさんが口を開いた。
「うちのボスに、会ってやってくれねえか」
「……」
…それは、私からディーノさんに会いに行け、と言っているのだろうか。………何を考えてるんだ、この人。
「……会わないと言ったのは、ディーノさんです」
口から、言葉が落ちた。
視界に靄がかかったように、世界の輪郭がぼやけていく。ロマーリオさんがどんな顔をしているのか。ツナは。リボーンくんは。分からないけど。
「ディーノさん以外の人に何を言われても、私から会いに行く気はありません」
そう言ってから、我に返った。
こんな態度は、余りにも失礼だ。
「…すみません」
頭を下げると、ロマーリオさんは少し慌てたようだった。
「いや、顔を上げてくれ。……謝るのはこっちの方だ」
顔を上げる。
ぼんやりとした視界の中で、ロマーリオさんが困ったように眉尻を下げたのが見えた。
「……ボスはあんたのことが大切なんだ」
「……」
「それだけは、分かってやってほしい」
「…はい」
頷いておく。
……私が、大切だって?
違う。あの人のは、ただの優しさだ。
本当に大切なら、離したりするはずないのだ。