7.5A
「おはよう、なまえ」
「ああ、ツナ。おはよう」
教室で自分の席に座っていると、ツナに声をかけられた。笑顔を浮かべて、挨拶を返す。
すると、ツナは眉間にしわを寄せた。
「……何か、あった?」
「…どうして?」
「ちゃんと、笑えてない」
……ツナには、流石にバレるか。伊達に幼なじみやってないしね。
でも、今のところ話すつもりはない。
「別に何もないよ。ただ、ちょっと疲れてるだけだから」
「……無理すんなよ」
「うん」
ツナは心配そうな顔をしながら席に戻った。……私の幼なじみは、優しい。
『もう、関わらないようにしよう』
ディーノさんは、優しいからそう言ったんだ。
私のことを考えてくれたんだ。
だから私はその優しさを受け入れないと。
その優しさに、見合う人間でいなければ。
「──! おい、みょうじ!」
「…っはい!」
先生の声で現実に引き戻された。考えに耽りすぎたらしい。
ダメだ、ちゃんと集中しなきゃ。
「お前がぼーっとしてるなんて珍しいな」
「…すみません」
「まあ、そんな日もあるだろうな。…じゃあ、前に来てこれ解いてくれるか」
席を立ち、黒板に向かう。
えーっと、xが8で……こっちに移項、で…
「出来たか?」
「え、と…」
私の答えを見て、先生が驚いたような顔をした。
「間違えてるぞ」
「…え」
「マイナスとプラスが逆だ」
「あ」
普段なら絶対に間違えないような問題の筈だった。
「大丈夫か? 体調悪いのか?」
「…大丈夫です」
「そうか? 気分が悪くなったらちゃんと言うんだぞ」
「はい」
席に戻る。思ったより、堪えているらしかった。ため息を吐いて、頭を振る。しっかり切り替えないと。
ふと見ると、ツナが心配そうな目で私を見ていた。
案の定というか何というか、昼休みにツナに屋上へと連れて行かれた。
「何か用?」
「なまえ、お節介かもしれないけど……」
ツナは至って真面目な顔だった。
「ディーノさんと、何かあった?」
「……何も」
「嘘吐くなって」
真面目な顔のツナ。
……ああ、そう言えば昔から、大事なことはツナには誤魔化しきれなかったっけ。いつもいつも、話を聞いてもらってたような気がする。
「大したことじゃないよ、ただ…」
「……」
スルリと言葉が零れた。
「私が狙われたら困るから、もう関わらないって」
「え…」
「優しいよね、ディーノさんは」
笑ってみせる。
「…無理やり笑うなよ」
怒られた。
「……なまえは、それでいいの?」
「……良いも悪いもないよ。ディーノさんが決めたことだから」
「でも…っ」
「ありがとう、ツナ」
「っ!」
「だけど、私は大丈夫だから」
私が笑っても、ツナは険しい顔のままだった。
「ほら、早く行かないとお昼食べる時間なくなっちゃうよ」
ツナの手を引く。ツナは無言だった。
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数日後、お昼の時間。
「なまえ…アンタ大丈夫?」
花が突然そう言った。その横で、京子も心配そうな顔でこっちを見ていた。思わず目をしばたたく。
「え、何が?」
「ここんとこずっと元気ないじゃないの」
「あはは、やだなあ。そんなことないよ?」
「話してても、上の空って感じのとき多いし…」
「ちゃんと聞いてるって」
笑いかけると、私が何も言わないと悟ったのか、京子と花は諦めたようにため息を吐いた。
「1人でため込んだりしないでね?」
「そのために私たちが居るんだから」
「……ありがとう。でも、本当に大丈夫だよ」
それでも2人は心配そうな顔だった。
…………そんなに分かりやすいのかな。最近は、調子取り戻したつもりだったんだけどなぁ。
ふぅ、と息を吐き出すと、京子が突然手を叩いた。
「そうだ! 今日の放課後、駅前のケーキ屋さん行こうよ! 新しくできたところ、あるでしょ?」
「え…」
京子の提案に、花も頷いた。
「まあ、たまには良いかもね」
「じゃあハルちゃんも誘おっか!」
京子がにっこりと笑った。
……ああ、2人とも私に気を使ってくれてるんだ。
「…ありがとう」
私の周りには、優しい人が多すぎる。