07
ディーノさんから電話があった。
[今から出て来れるか?]
「…どうかしたんですか?」
[……話がある]
「……」
真面目な雰囲気だった。
大丈夫だ、と伝えると、待ち合わせ場所を指定された。2回目に会ったときにディーノさんがコケまくった土手に来てほしいと言われた。アバウトな場所指定だなぁ、と思いながら、急いで支度をして土手に向かう。
道を歩いていると、ちょうど真ん中辺りで立っているディーノさんを見付け、会釈をしながら小走りで駆け寄った。
「ディーノさん、」
「ああ…悪いな。急に呼び出したりして」
「いえ、お待たせしてすみません」
ディーノさんは真剣な雰囲気で私と目を合わせた。夕日に照らされた髪が眩しかった。
「……なまえが、」
しばらく沈黙が続いた後、ディーノさんがぽつりと話し出した。
「誘拐されたときのこと、覚えてるだろ?」
「……っ」
思わず息を飲んだ。
忘れるはずがない。
あの、混じり気のない悪意を向けられた時の恐怖を。
忘れられるはずがなかった。
…ふ、と息が漏れた。
「…覚えてます」
「その時のこと、ちゃんと話しときてーんだ。……大丈夫か?」
「大丈夫、です」
震えそうになる体を叱咤する。記憶に恐怖するなんて馬鹿馬鹿しい。小さく頭を振って、ディーノさんを見た。
ディーノさんは心配そうな顔をして、躊躇いながら口を開いた。
「その……なまえが狙われたのは、俺のせいなんだよ」
「……」
「実は…俺、キャバッローネファミリーっつーマフィアのボスで」
……薄々だけど、そんな気はしていた。カタギの人じゃないんだろうな、とは思っていたんだ。
跳ね馬、ディーノ。
あの男の人は、ディーノさんのことを確かにそう言っていた。
「それで、俺と居ると多分……また狙われちまう」
「……」
本能が警鐘を鳴らす。
この言葉の続きを聞いてはならない。
傷付きたくない弱い私の脳みそは、「今すぐディーノさんに背を向けて立ち去れ」と、必死で全身に命令を送っている。
きっと今ここで、私が耳を塞いで「聞きたくない」と言えば、優しいディーノさんはきっと何も言わずにいてくれるはずなのだ。
それでも私の体は金縛りにあったように動かなかった。
「だから、」
優しいディーノさんは、言いにくそうな顔をしながら言った。
誰よりも残酷な一言で、私を地獄に突き落とした。
「もう、本当に……関わらないことにしよう」
「……ぁ…」
世界から音が消え失せた。
喉が急速に乾いていく。
言葉は音にならず、私の舌に張り付いたまま離れない。
「そ、れが…」
それでも搾り出した声が、震えていた。
「ディーノさんの、意思ですか」
「………ああ」
「…そう、ですか」
知らず知らず、視線が下に向かう。
ああ、そうか。ディーノさんがそれを望んでいるのか。
「…わかり、ました」
顔を上げて、精一杯の笑顔を作る。
ディーノさんは、眉間にしわを寄せていた。
泣くのを我慢している子供のように、顔を歪めて。
「今まで、ありがとうございました。…迷惑かけてすみません」
それだけ言うのが、やっとだった。
くるりと背を向けて、帰路につく。
「流石に2回目はキツいなぁ…」
世界がぼやけた。
何となく、本当に最後のような気がした。
それからのことはあまりよく覚えていない。
気がついたら、自分の部屋のベッドで泣いていた。