06
「みょうじ!」
「え?」
廊下で声をかけられて振り返ると、クラスメートの男の子が駆け寄ってきた。近付いてきた彼は、興奮した調子で言った。
「ジョン=デルタの新曲出たんだってよ!」
「え、本当に!?」
「おう、マジ!」
その情報に、私のテンションも否応なしに上がってしまう。
ちなみにジョン=デルタというのはバンドの名前で、テレビには出ないためにマイナーで、あまり世間に知られてはいないのだ。ジョン=デルタ好きの私と彼は、2年で同じクラスになって知り合い、意気投合したのだ。
「だからさ、今日CD屋寄って試聴しに行かね?」
「行く行く!」
私は2つ返事で了承した。
その放課後、彼とCD屋に向かう。たわいない会話(大半がジョン=デルタの話)をしながら歩いていると、視界の端の路地に見慣れた金髪が写った。思わずそっちに目をやる。
「…あれ?」
「? どうした?」
でも、誰もいなかった。
……ディーノさんだと思ったのに、おかしいな。
「いや、知り合いがいたかと思ったんだけど……勘違いだったみたい」
「ふーん」
気のせいか。納得して、彼と並んでもう一度歩き出した。
その時に、後ろからディーノさんが見ていたなんて気がつかなかった。
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それから数週間後。
委員会の仕事で遅くなってしまった私は、夕暮れの道を歩いていた。すると、前方から知ってる人が歩いてきた。私が会釈をすると、ディーノさんは一瞬複雑そうな表情をしてから、無理やり笑って片手をあげた。
「こんにちは」
「…おう」
ディーノさんは応えて、何故か私を凝視した。……何だ?
「えっと…何か?」
首を傾げると、ディーノさんは「あー」とか「えー」とか言いながら、頭をガシガシとかき、私と目を合わせて口を開いた。
「この前の…
「みょうじ!」
…!」
ディーノさんが話し出した声が遮られた。
振り返ると、例のジョン=デルタ仲間の友人が自転車に乗ったまま、手を振りながら近付いてきた。彼はディーノさんに軽く会釈をすると、前かごに入れていた鞄をごそごそと探ってCDを取り出した。
「ちょうどよかった。この前借りたCD返そうと思って、みょうじの家行こうとしてたんだよ」
「わ、ありがとう。別に学校でも良かったのに。…どうだった?」
「マジ最高だった! 本当サンキューな!」
「やっぱり? ジョン=デルタ好きだからこれも好きかなー、って思ったんだ。アルバムもう一枚あるけど、聞く?」
「マジ!? 聞く!」
彼は嬉しそうに笑った。
「いやー、やっぱりみょうじとは趣味が合うな!」
「そうだね」
笑う。
と、突然腕を掴まれた。ディーノさんが険しい顔をしていた。
「え、ディーノさん? どうし…」
声をかけた瞬間、ディーノさんが走り出した。腕を掴まれているため、私も強制的について行かされる。友人に手を振る余裕もなく、すぐに角を曲がったので、彼は見えなくなった。
珍しく、ディーノさんは転ばなかった。数分ほど走ったところで、ディーノさんが立ち止まった。
「……急に、どうしたんですか?」
息を整えながら尋ねる。振り返ったディーノさんはバツの悪そうな顔をしていた。
「……悪いな。大人気なかった」
「はあ…?」
何のこと? わけが分からない。
そんな私をよそに、ディーノさんはしばらく目を泳がせると、意を決したように顔を上げて口を開いた。
「今の奴ってさ、…なまえと、その……つ、つ、つつつ付き合って、たりとか、する…のか?」
「………は?」
思わずディーノさんを凝視すると、気まずそうな顔で目を逸らされた。
「私と、あの人がですか?」
「ああ」
「………ぷっ、あははははっ」
笑い出した私を、ディーノさんが目を白黒させて見ていた。
いやいやいやいや、何でそんな話になったの?
「あはは、ちょ…何情報ですかそれ」
「え? ええ?」
「あの人は、気の合う友達ですよ」
「………彼氏じゃなくて?」
「はい」
笑っていうと、ディーノさんは脱力したようにしゃがみ込んだ。
「あーもう! 何してんだ俺!」
ディーノさんは両手で顔を覆って叫んだ。通行人の視線が少し痛い。