夜の並盛中。なまえはモスカの肩に担がれ、眠っていた。
なまえには晴れのリングの争奪戦を見る気など更々なかった。ただ、ルッスーリアに「なまえちゃんは来てくれるわよね? 私の晴・れ・ぶ・た・い!」などと言われ、無理やり連れてこられてしまったのだ。
ヴァリアーの幹部が、中学生に負けるわけがない。最初っから結果が見えている勝負などやるだけ無駄なのだ。なまえはそう思い、楽しげにしているルッスーリアを見て小さくため息を零した。なまえの視線に気付いたルッスーリアが、ウィンクを寄越した時には、むしろ1回負けてみれば良いとさえ思った。
それでも何とか並盛に来たはいいが、眠気に耐えきれず、途中からモスカに担がれ、死体のようにぐでぇーと眠っていた。
「なまえちゃんったら、もう!」
「頭に血が上りそうな寝方だよね」
「てかちゃんと息してんの?」
そんな言葉が飛び交っているとは知らず、なまえは眠るだけだった。
⇔
「うぎゃあああ!!」
野太い悲鳴で、なまえは目覚めた。はっきり言って最悪の目覚めだと思った。マーモンの心配通り、頭に血が上っていた。ぐわんぐわんする頭を抑え、なまえは周りを見回した。
特設リングの照明が全部割れていた。なまえが寝ている間に色々あったらしい。中ではルッスーリアが膝を押さえて倒れていた。
「う…うそよぉ! メタル・ニーが砕かれるなんて!」
「勝負あったね。ルッスーリアには、もうあのパンチを防ぐ術がない」
「笑かすよな、あのヘンタイ」
絶望的な声を上げるルッスーリアを見、そしてマーモンとベルの言葉を聞き、なまえはルッスーリアが負けたのだと判断した。少し、驚いた。
「お、なまえ起きてんじゃん」
「おはようございます。…あ、モスカさん、すみません。ありがとうございます」
答えるように、モスカからシュコ、と音がする。
なまえもモスカの構造を知らぬ訳では無かったが、それでも何となく言葉が口をついて出てしまった。モスカの肩から降りて周りを見ると、向こうのギャラリーに少女が2人と、赤ん坊が1人増えていた。
怯えたような表情で戦い続けようとするルッスーリアに、なまえは少し同情した。それと同時に、ルッスーリアが血を吹き出して倒れた。
「やる時はやる。さすがボス補佐だね、ゴーラ・モスカ」
戦闘不能と言い渡されたルッスーリア。次の日の対戦が発表され、チェルベッロがボタンを押すと、音を立てて特設リングを囲っていた鉄格子が外れ、外側に倒れた。
なまえは特設リングに上がり、ルッスーリアの首から指輪を外して了平に向かって投げた。了平がキャッチしたのを確認してから、彼女はルッスーリアを───小柄な体のどこにそんな力があるのか、軽々と肩に担ぎ上げた。
「早く帰ろーぜ、なまえ」
急かすベルに首を振ってみせる。
「ルッスーリアさんのこと、病院に連れて行かないと」
「…ちっ」
ベルはつまらなそうに舌打ちしてから、笑みを浮かべて言った。
「じゃー王子も一緒に行ってやるよ」
「……ありがとうございます」
最後にチラリと綱吉の方を振り返る。女の子のうちの1人と相対して、困ったような表情を浮かべていた。
見つめるうちに、綱吉と目があった。なまえはゆっくりと踵を返した。
「あっ…」
綱吉が声を上げた時には、既になまえとベルの姿は闇の中に消えていた。
「なまえ、やっぱりあのガキと知り合いだろ」
「……知りません」
そんな会話を残して。
⇔
次の日の雷のリング争奪戦は、なまえが行く時間になっても起きなかったために、1人置いていかれた。争奪戦が終わり、皆が帰ってくる時間になってやっと、なまえは目を覚ました。
「ただいま」
「…おかえりなさい」
寝起き特有の少し掠れた声を聞き、ベルが苦笑する。
「今起きたのかよ」
「…そんなことないです」
「ししっ、まあいいけど。むしろ、今のうちに寝とけよ」
ベルの意図が分からず不思議そうな顔をするなまえ。
「明日、王子の番だから」
寝たら殺すよ? と笑うベルに、なまえは苦笑いを浮かべることしか出来なかった。
「それで、レヴィさんはどうだったんですか?」
「勝ったぜ。ギリギリだったけどな」
「ギリギリ…ですか」
神妙な顔をするなまえを見て、ベルが笑う。
「何? 王子が勝てるか心配してんの?」
「いえ、それについては別に……ただ…」
「何だよ」
「羨ましいなあ、と思いまして」
それを聞いて、ベルはなまえの本質を思い出す。
「相手が中学生だっていうから、我慢できたんですけど……皆さんに匹敵するくらい強いなら…」
彼女の口元に浮かぶ微かな笑み。
なまえは、いわゆる戦闘狂だった。武器を持たねば何とか抑えきれる欲求ではあるが、本質は変わらない。なまえは知らないが、それこそが、記憶を消され、あの部屋に囚われることとなった原因だった。
ベルはなまえの頭をぽんっと叩いて宥めた。
「まあ、相手の反則で大空のリングも手に入ったし、アイツら皆殺しにするときはなまえも戦えるって」
「………本当ですか?」
「王子は嘘なんか吐かねーよ」
嬉しそうに笑うなまえを見て、ベルも口元を綻ばせた。