「…日本ですか?」
「そうだぁ」

これから任務に向かうらしいスクアーロに、廊下で会ったなまえ。彼女は今日は非番だった。羨ましそうな顔をするなまえに、スクアーロは思わず笑った。彼女が日本に行きたがっているのは、ヴァリアー内では割と有名な話だ。
拗ねた子供のような表情をするなまえの頭を、スクアーロがくしゃりと撫でる。

「お土産、買ってきてくれますか?」
「分かった分かった」
「じゃあ、木刀が欲しいです」
「木刀…? また微妙なチョイスだなぁ」

苦笑したスクアーロに向かって、突然何かが飛んできた。
投げ付けたのは、もちろんザンザスである。

「うお゙ぉい! 何しやがる!」

騒ぐスクアーロを無視し、ザンザスは驚きの表情をしているなまえを見た。

「テメェも行きゃあいい」
「……観光で?」
「好きにしろ」

ザンザスの言葉になまえは顔を輝かせ、了承を得るかのようにスクアーロを見遣る。

───ザンザスも、なまえには甘いぜぇ。

心中でため息を吐き、苦笑して頷く。
準備してきます、と嬉しそうに駆けていくなまえを見ながら、スクアーロは自嘲した。

───まあ、俺も他人のこたぁ言えねえんだがなぁ…







スクアーロは任務で居ない。なまえは1人で商店街を歩いていた。整った容姿を持つ彼女に、自然と人々の目は惹きつけられる。が、肝心の本人は無頓着だ。
なまえはいつも通り気怠げだったが、どことなく楽しそうな雰囲気を纏って歩いていた。いつもの虚ろな目にも、どこか嬉しそうな光を浮かべている。彼女は生粋の日本人だ。しかし、日本に住んでいたことはない。少なくとも、彼女の記憶の中では。それでも彼女は日本が好きだった。日本に来て、機嫌が良くなるのは仕方ないことだろう。

ただひとつ困ったことをあげるとするならば、彼女が道に迷っていたということだろうか。

───どうしよう。

全く困っていないような顔で悩むなまえの前に、誰かが立つ。

「どぉしたの? 迷子?」
「俺らが送ってってやろうか?」
「君、可愛いから絡まれちゃうかもしれないしねぇ?」

なまえが顔を上げると、そこには下卑た笑みを浮かべる数人のチンピラがいた。

───これは、絡まれるのうちに入らないのかな。

なまえは心中で首を傾げる。彼女は割と世間知らずだった。

「えぇっと…」
「うわ、キレーな声してんじゃん」
「あ、ありがとうございます」

反射的にお礼を言ってしまうなまえ。数秒後、違う違うと首を振って、言葉を吐き出した。

「あ、あの、目障りなので消えてもらっても構わないですか?」

チンピラたちが沈黙する。
なまえは何か間違えてしまっただろうかと不安になった。間違いも何も、正しいところがひとつもない。彼女としてはただ、邪魔なので退いてもらいたかっただけだった。

「喧嘩売ってんのか、テメェ…」
「え? 喧嘩って売り物なんですか?」

首を傾げるなまえに、チンピラの額に青筋が浮かぶ。そのとき、

「女子1人に大勢で、恥ずかしくねーの?」
「邪魔だ、てめーら」
「ふ、2人とも…」

突然割り込んできた声に、なまえやチンピラがそちらに目をやった。そこには、なまえと同い年くらいの少年たちがいた。ススキ色の髪の気弱そうな少年に、銀髪の目つきの悪い少年。そして黒髪の爽やかな少年。

「あぁん? てめーらみてーなガキには関係ねぇだろ。怪我したくなきゃすっこんでろ」
「邪魔だっつってんだよ」
「ご、獄寺くん!」

獄寺と呼ばれた喧嘩っ早そうな銀髪の少年を、ススキ色の髪の少年が止める。黒髪の少年は相変わらず笑っていた。

「ガキが調子に…」
「あの…すみません、」

チンピラのセリフを遮り、なまえが声を上げた。大きな声ではないものの、よく通る声だった。彼女の視線は、ススキ色の髪の少年───綱吉に向けられていた。

「道を聞きたいんですが…」

それは、自然な問い掛けだった。なまえは1番話しかけやすそうだと思った綱吉に話しかけたに過ぎない。だから、チンピラに絡まれたことなど無かったかのように、ごく自然に言葉を紡いだのだ。
一瞬、場が静まり返る。そして、なまえのその態度をチンピラは挑発と受け取った。

「テメェ…、女だからって手加減すると思うなよ?」

チンピラがなまえを睨み付ける。当の彼女は、気付いているのかいないのか、綱吉の方を向いたまま申し訳なさそうな顔をしている。

「その、泊まってるホテルに帰れなくなってしまって…」
「えっと…」

話しかけられた綱吉も、おろおろするばかりだ。
あからさまな、というよりも自然すぎる態度でチンピラを無視をするなまえ。

「っ…なめやがって!」

激昂したチンピラが、背後からなまえに向かって拳を振り上げる。

「あ、あぶな…!」

綱吉が声を上げるより早く、なまえは動いていた。一瞬で振り返りながらチンピラの一撃を避け、空振って体勢を崩したチンピラの鳩尾に膝蹴りを叩き込む。音もなくくずおれるチンピラ。
あまりといえばあまりの事態に、そこにいた全員が呆気にとられる。

「あれ?」

なまえだけが驚いたような声で、無自覚に挑発となる言葉を吐いた。

「まだ居たんですか?」

本当に驚いたような口調。
無意識にしてもタチが悪すぎる一言に、残りのチンピラも黙ってはいられなくなった。

「このアマ……こっちが下手に出てりゃあ調子に乗りやがって!」

───日本では今の態度が下手に出ている態度なのか。

なまえは間違った知識を覚えてしまった。
襲い掛かってくるチンピラ。彼女が対処しようと動く前に、横から放たれた蹴りによってチンピラは昏倒させられた。
目をぱちくりとさせるなまえに、黒髪の少年───山本が爽やかに笑いかけた。その向こうでは獄寺がチンピラを1人殴り倒したところだった。

1分後には、チンピラ達はボロボロになって逃げていった。

「あの、ありがとうございました」
「いーっていーって!」

お辞儀をするなまえに、山本が笑って答える。

「それにしてもアンタ、強いんだな!」
「そ、そんなことないです…」

恐縮しながら、なまえは既に限界だった。

───早くホテルに帰らないと、道端で行き倒れる。

切実だった。

「それで、あの…」

なまえが口にしたホテルの名前に、綱吉は驚きを隠せなかった。並盛でも有名な、高級ホテルの名前だった。自分と同い年くらいの少女が泊まるようなホテルではない。

「ありがとうございました」

道を教えられて頭を下げながら去っていくなまえを眺めながら、綱吉はもう2度と会うこともないだろう少女についてどうでもいいような印象を抱いた。

───多分、社長令嬢とかなんだろうな。





彼らはまだ知らない。
互いに名前さえ知らない少女と、またすぐに顔を合わせることになるなど、知る由もなかった。

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