森の奥深く、木に隠された豪華な屋敷の前。だらりと両腕を垂らし、なまえは気怠そうに屋敷を眺めた。

「…それじゃあ、行きますか」

覇気なく呟かれた言葉。なまえはどこからともなく大振りのサバイバルナイフを2本取り出した。
その柄を握った瞬間、彼女の纏う空気が一変した。

「……あはっ」

口角の上がった口からは愉しげな笑い声が漏れる。口元には笑みが浮かび、虚ろだった双眸に生気を取り戻し、気怠げだった雰囲気を振り払う。
なまえは嬉々として屋敷の中へと駆け込んだ。玄関にいた人間が、彼女を見て一瞬訝しげな顔をする。そして、なまえの持つナイフに気付いて声を上げようと口を開けた瞬間、その口の中にナイフが突っ込まれた。絶命して倒れた男の側にいた男が叫ぶ。

「あははっ、もう! うるさいですよー?」

叫んだ男の喉を切り裂く。一気に慌ただしくなった屋敷の中、なまえは愉しそうな笑顔で手近にいる人間を切り裂いていく。無造作と思えるほどに自然な動きで、間違いなく致命傷になる一撃を。

「コイツ……っ!」

男の1人が、なまえに銃を向ける。それを見て、なまえがニヤリと笑った。
刹那、銃を構えていた男の肘から先が地面に落ちる。

「遅いです!」

ニコニコと笑顔を浮かべたまま、叫ぼうとした男の首を躊躇いなく刎ねた。広い玄関に、それぞれの手に銃などの武器を構えた人が集まってくる。

「わらわらわらわらと……こんなに雑魚ばっかりよく集まりましたねー。そんなに焦って出てこなくたって、ちゃんと全員殺してあげますよ?」

にっこりと笑ったなまえの体には、返り血が一滴もついていなかった。
向かってくる銃弾をナイフではじき、避け、着実に人数を減らしていく。

「悲しいくらい弱いですね、弱すぎますよね! 本当にマフィアなんですか? 全ッッッッッ然楽しくないですよ? こんなんじゃもう飽きちゃいますよー?」

楽しげで優しげで無邪気な笑顔。
それは、まだ生きている人間に絶対的な絶望感を与えた。

───あぁ、眠くなってきたや……。

欠伸が出る。こんなつまらない任務だとは思わなかった。考えて、残念そうに首を振った。
刹那、なまえがその場からかき消えた。相対していた男達は、慌てて辺りを見回す。しかし次の瞬間、彼らの喉元からはナイフが突き出ていた。
見えない、ならば避けようもない。彼らが絶望するのは早かった。

その早業で全員片付け終えた後、なまえは付いた血を振り落としてナイフをしまった。
愉しげな雰囲気はどこへやら、一瞬で気怠げな雰囲気へと戻るなまえ。浮かんでいた笑みは消え、目は元の虚ろな寝ぼけ眼に戻ってしまった。

───今回は、寝ずに済んだ。

なまえは安堵のため息を吐いて、壁の汚れていない部分に寄りかかった。

───少しなら、いいよね。

そのまま彼女は、睡魔に誘われるまま意識を落とした。

血まみれの屍体が転がる中、唯一の音は彼女の寝息だけだった。







眠りから覚め、ヴァリアーのアジトに戻ったなまえは即座に外に逃げようとした。しかし、腕を掴まれ、それは阻止される。

「どこ行くんだよ」

ぎぎぎ、とロボットのようなぎこちない動きで首を巡らせたなまえが見たのは、自分の腕をつかみ、笑みを浮かべてはいるものの確実に怒っているベルだった。

「……いや、あのぉ…」
「何で王子との約束破ったワケ?」

───約束?

はて、と首を傾げるなまえにベルが怒りを含んだ声色で言う。

「報告書出し終わったら王子の部屋来いって言ったよな?」
「……あ」
「…で?」
「その…依頼が入りまして…」
「ふぅん?」

なまえは瞬間的に空気を読み、結論を下した。

───逃げよう。

なまえは、彼女の腕を掴んでいたベルの手を振り解いて走り出した。

「し、失礼します!」
「王子から逃げようとかいい度胸じゃん。ししっ、鬼ごっこだーいすき」

───殺られる!

後ろから投げられるナイフを避けるなまえの目には、涙が浮かんでいた。しばらくは逃げていたが、連続で投げられるナイフを避けるのも段々と面倒になり、なまえは思わず自分の得物で弾いてしまった。一瞬で、彼女の纏う雰囲気が変わる。逃げるのを止め、立ち止まり振り返った。
なまえが浮かべている笑みを見て、ベルもまた笑みを深くした。

「あっはははっ! ベルさん、覚悟してくださいね!」
「こっちのセリフだっつーの」



数時間後、騒ぎすぎたなまえとベルは2人揃ってスクアーロに怒られることとなった。

「ゔぉおい! テメェらうるせぇぞぉ!」
「す、すみません」
「スクアーロの方がうっせーよ」
「おろされてえのかぁ!」

ベルが大人しく反省するはずもなかったのだが。

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