広い部屋。そこには必要最低限の家具だけが置かれていた。個々の家具は高価ではあるものの、部屋の大きさに比べて数が少なく、部屋としては質素な印象を受ける。
生活感を感じさせない部屋の窓際に置かれたベッドには、1人の少女が横たわっていた。
眠っている少女は、彫刻のような整った顔立ちをしている。窓から入る陽光と相俟って、神秘的な印象を与える光景だった。

しかし、そんな光景は携帯の着信音という、余りにも現代的な音によって壊される。
ベッドの上の少女は小さく呻いて、手探りで携帯の通話ボタンを押した。

「……………ふぁあい」

寝起きです。と宣言するような、応答とも欠伸ともつかない返事をすると、電話口からはテンションの高い声が響いてきた。

[朝よ〜!]
「……」

正直、朝からこのテンションの高さはキツイ。
少女───なまえは携帯を耳から離し、枕に顔を埋めた。

「ルッスーリアさん…何か用ですか…」
[やだ、任務の報告書、片付けたいからモーニングコールしてくれって言ったの、なまえちゃんじゃない!]
「えぇ……?」

動かない頭で、必死に昨日の記憶を探る。が、寝起きの頭では何も考えられなかった。

「………分かりました、ありがとうございます」
[頑張ってね!]

通話が切れたのを確認し、携帯を閉じる。なまえはもう一度枕に顔を埋めてから、のっそりと起き上がった。
ふらふらと覚束無い足取りで部屋に設置されたシャワールームへ向かい、さっとシャワーを浴びた。まだぼーっとした頭で手早く着替えを済ませる。この辺りに来て、やっとなまえの意識は覚醒を始めるのだ。

「…………あれ?」

覚醒し始めたなまえの意識は、先ほど自分を起こした電話について考えを巡らす。昨日の記憶はもうあやふやだが、寝ぼけた中でモーニングコールを頼んだような覚えもある。
だが、その相手であるルッスーリアは幹部だ。比べて、自分の立場は幹部補佐である。上司をを目覚まし代わりに使ってしまった事実に気付き、なまえは頭を抱えた。

───何てことしたんだ…自分……!

数秒後、なまえは思い直した。

───まあいいか。

それよりも、報告書が遅れてボスの怒りを買う方が大変だと思い、なまえは数少ない家具の1つである机に向かい、てきぱきと仕事をこなし始めた。が、数分後に鳴り出した携帯により阻止されてしまった。
ディスプレイを確認し、なまえはため息を吐いた。出ないわけにはいかないが、出たら確実に面倒なことになる。どうせ出なくても面倒な事には変わりないのだが。

「…もしもし」
[あれ? 何で起きてんの?]
「ベルさん…」
[まあいいや。今すぐ王子の部屋集合な]
「あの、私これから報告書やらなきゃいけないんですけど…」
[早く来いよ]

ブチッ

「……」

なまえは一方的に用件だけ告げられて切られた携帯電話を暫く見つめ、諦めたようにため息を吐き出した。
やりかけの書類をまとめ、小脇に抱えると、自らの部屋を後にした。







コンコン

「入れば」
「失礼します」

言ってからドアを開けると、自分の顔の数センチ横を銀色の物体が通り過ぎていった。数秒考え、それがベルの投げたナイフだと気がついたなまえは、非難するような視線を彼に向けた。

「…ベルさん、危ないです」
「おせーっつーの」

何を言っても無駄だと既に分かっているなまえは、ため息を押し込めて口を開いた。

「ご用件は何でしょう…?」
「別にねーけど」
「えぇー…?」
「ししっ」

楽しそうに笑うベルを見て、今度はため息を押し込めることなく盛大に吐く。

分かっている。何を言っても無駄なのだ。

無駄とは分かっていても、なまえは口を開いた。ボスに怒られるのだけは嫌だった。

「あの…、」
「どーせ書類持ってきてんだろ? 王子の部屋でやればいーじゃん」

なまえの意図を汲んで、先回りするベル。彼女は首を傾げる。
結局、呼び出した意味がわからない。一瞬考えたが、それすら無駄だと悟り、なまえはベルにお礼を言って、報告書を片づけ始めた。

しばらくは真面目に報告書を書いていたなまえだったが、不意にその手が止まる。ベッドに寝ころんでいたベルが彼女に目をやると、彼女は文字を書いている途中で静止していた。

「……」

そんななまえに向かって、ベルは躊躇うことなくナイフを投げつけた。頭を狙って放たれたナイフを、最小限の動きで躱すなまえ。

「……寝てないです」
「嘘吐くなよ」

ベルのツッコミに、ぐ…、と言葉を詰まらせ、なまえは目をそらした。

「報告書なんかさっさと終わらせろよ。遊べねーじゃん」
「……はい」
「また寝たらオレがちゃんと起こしてやっからさー。…しし、王子ってばちょー優しー」
「…ありがとうございます」

不本意ながら、礼を言う。感謝はするが、その度に殺されかけるというのでは、その気持ちも半減する。出来ることなら、声を掛けて起こして欲しいと思った。

約3年をあの部屋で過ごしたなまえは、睡眠の周期が不規則になっていた。今のように報告書を書いている時や、任務をしている時すら眠ってしまうことが多々あった。故に、彼女は幹部に匹敵する強さを持ちながらも、幹部補佐の立場として留まらざるを得なかったのだった。

そして、報告書を終わらせるまでの約1時間半のうち、なまえは3回ほど殺されかけた。

「報告書提出したらすぐ戻ってこいよ」
「…はい」







コンコン

「なまえです」
「入れ」

ノックをして、ボスであるザンザスの部屋に入る。持っていた報告書を渡し、踵を返そうとしたなまえをザンザスが呼び止めた。

「…何でしょうか」
「テメェに依頼だ」
「……」

なまえは思わずめんどくさそうな顔をした。それを意に介した様子もなく、ザンザスは机の上にあった紙を顎で示した。渋々といった感じでなまえがそれに目を通す。

内容を要約すると、莫大なショバ代を巻き上げるマフィアを壊滅させてほしい、との依頼だった。

「このマフィアって」
「同盟じゃねえ」
「…そうですか」

なまえは少しだけ嬉しそうな顔をすると、ザンザスに一礼し、今度こそ踵を返して部屋を後にした。

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