見慣れた姿が屋敷にいるのを見つけ、ルッスーリアは上機嫌で声をかけた。

「なまえちゃん! 何してるの?」

声に反応して振り返ったなまえの姿を見て、ルッスーリアは全身総毛だった。


生気のない目。

ナイフを握っているにもかかわらず、浮かべられた無表情。

そしてルッスーリアを見た瞬間に上がった口角。

それはいつもの気弱な微笑でもなく、無邪気で楽しそうな笑みでもなく。



どこまでも純粋な悪意と殺意で出来ている笑顔だった。



反射的に、ルッスーリアは大きく後ろに飛ぶ。
次の瞬間、今までルッスーリアが立っていた場所に、なまえの持っているナイフが突き刺さった。

「なまえちゃん!?」
「殺さなきゃ、ね? だって敵なの家族は大切だから、私、殺すよ?」

ナイフを床から引き抜いて立ち上がったなまえは、首を傾げながら、確かめるように呟いた。意味の取れない言葉の羅列。その目は虚ろで、どこか焦点が定まっていない。
そして、彼女はふらりと揺らいだかと思うと、一瞬でルッスーリアとの距離を詰めた。

―――ヤバい。

煌めくナイフを何とか躱しながら、ルッスーリアは冷静に打開策を練っていた。なまえがどこかおかしくなっているのは一目瞭然だ。これがただの平隊員程度の実力しかない相手なら、相手も自分も無傷のままで取り押さえることなどたやすい。だが、なまえはルッスーリアに及ばずとも、幹部クラスの実力を持っているのだ。彼女を取り押さえようとすれば、互いに無傷では済まないだろう。しかし、このままでは埒が明かないのも事実。

―――仕方ないわね。

一瞬で決断したルッスーリアは、互いに怪我を負う覚悟でなまえに膝蹴りを叩き込もうとした。彼女は柔らかい体を捻り、それを避ける。

そうして、しばらくは五分の攻防が続いたが。

怪我をする覚悟があるとは言え相手を取り押さえるつもりのルッスーリアと、明確な殺意を持ってナイフを振るうなまえでは、圧倒的にルッスーリアのほうが不利だった。

顔に向かってきた蹴りを首を傾けるだけの動きで避けたなまえは、ルッスーリアの軸足に自分の足を引っ掛けて倒すと、そのままルッスーリアを組み敷いた。

「ころす、だから、敵、かたき、家族の」
「止めてなまえちゃん! ルッスーリアよ! 私のこと、わかるでしょ!?」

ルッスーリアの止める声も聞こえないかのように、手に持ったナイフを高く掲げ―――


「なまえ?」


ぴたり、と。
彼女の動きが止まった。

ルッスーリアに向けていた顔を、ゆっくりと上げる。
彼女の虚ろな目に映ったのは、訝しげな顔でこちらを見遣るベルだった。

「…何してんの?」
「ぁ……あ、……え…?」

ベルの言葉に、なまえの目に少しずつ正気が戻ってくる。

「なまえちゃん…」

ルッスーリアが声を掛けると、なまえは弾かれたようにルッスーリアを見、自分が振り下ろそうとしていたナイフを見、すぐにその場から飛び退いた。

「あっ、あのっ…わた、私…あの……」

何かを言おうとしたなまえは、泣きそうに顔を歪めて。

「ご、ごめんなさい!」

二人に背を向けると、一瞬でその場から消え去った。


後に残されたのは、神妙な顔をしたルッスーリアと、全く状況の理解できないベルだけだった。







「あぁ゙? なまえに殺されかけただとぉ?」

疑わしげなスクアーロの言葉に、ルッスーリアが頷いた。

「あの時のなまえちゃん、明らかにおかしかったわよ。ねぇ、ベルちゃんもそう思ったでしょ?」
「まぁ…確かに変だったかもしんねーけど…」

口をへの字にして曖昧に頷くベル。

「つーかただ単にオカマが嫌われてるだけじゃね―の?」
「お前いつもなまえに変な服きせようとしてっからなぁ゙」
「二人してひどいわぁ!」

散々な言われようにルッスーリアが憤慨する。
ちょうどその時、部屋の扉が開き、マーモンが入ってきた。

「あっ、マモちゃん! ちょっと聞いてくれる!? この二人が…」
「後で聞くよ。五万ドルね」
「ドル!?」
「そんなことより、ボスが呼んでるよ」
「ボスが? 誰を?」
「幹部全員」

三人は顔を見合わせ、マーモンと共にボスの執務室へ急いだ。
「ゔぉおい、入るぜぇ!」と勢いよく扉を開けたスクアーロの頭に、空の酒瓶が投げつけられた。

「おせぇ」
「て、テメェ…」
「貴様ら遅いぞ! 何をしていた!」
「うるせえよムッツリ」
「ぬ!?」
「あーもう二人とも落ち着きなさいよぉ! ……それでボス、急に全員を召集するなんて、何があったの?」

憤るレヴィを抑え、ルッスーリアが話を本筋に戻す。それに対しザンザスは、デスクの上に置いた紙を顎で示した。

「? なにこれ」

マーモンがふよふよと近づき、紙を手に取る。それには、九代目からの指令であることを示す死炎印が押されていた。マーモンの背後から、各々が紙を覗き込む。

「……ボンゴレのシマで暴れている新興ファミリーを潰せって?」
「穏健派の九代目らしくない依頼だな」
「でもほら見てここ。ご新規さん、結構ひどいことしてるみたいよ〜」

その指令書には、新興ファミリーが暴れている旨、その手口、さらに本拠地の場所が書かれていた。レストランを隠れ蓑にして、誘拐、殺し、麻薬を筆頭に、様々な悪事に手を出しているらしい。

「場所分かってんなら、別にオレらが行く必要なくね?」
「というかボス、いつもは本部からの指令なんか全部無視するのに、どういう風の吹き回し?」

首を傾げた面々に、ザンザスは「…もう一枚あるだろうが」と舌打ちした。その言葉に、マーモンがペラリと紙をめくる。

場所と日時が書かれているだけのそっけない文書。

「…なまえに来た依頼だ。話だけ聞くと言って数時間前に向かった」

その場所は。

九代目からの指令書に記された場所と同じレストランの名前が書かれていた。

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