リング争奪戦最後の、大空戦。ヴァリアー側が反則で失格になってから、彼女は現れた。

「あ…こ、こんばんは」

無惨な戦闘の跡も、傷だらけのザンザスの姿も見えていないかのように、呑気に挨拶をするなまえ。それを見て、ベルは楽しそうに笑った。

「ししっ、ナイスタイミング」
「ボス命令だよ。こいつら皆殺しだ」

マーモンの言葉を聞いたなまえは、頷きながらも浮かない表情でため息を吐いた。それを見て、マーモンは首を傾げる。

「どうしたんだい? 君なら喜ぶと思ったけど」
「いえ、あの……嬉しくないわけじゃないんですけど」

なまえはしょんぼりした様子で続けた。

「その……敵の皆さんは満身創痍ですから…、弱くて、あんまり…楽しくないかな、って…」

悪意はなかったが、その言葉は確実に、雲雀や獄寺の額に青筋を浮かばせる結果となった。
そんな敵意を気にした風もなく、なまえは綱吉に目を留めた。そのまま近付いていき、彼の側にしゃがみこんだ。

「大丈夫ですか?」

それはあまりに自然な動作で、一瞬誰もがなまえが綱吉の味方であるような錯覚に陥った。

「っオイ! てめぇ十代目から離れろ!」

我に返った獄寺が叫ぶ。なまえは申し訳なさそうな顔をしながら、綱吉の耳に何事かを囁いた。


「───、──」


綱吉は少しだけ驚いたような顔をした。なまえはフッと微笑んで立ち上がる。
ちょうどその時、ヴァリアー隊員が三人現れた。

「報告します! 我々以外のヴァリアー隊全滅!!!」

その言葉に、そこにいた全員に衝撃が走る。

「奴は強すぎます!! 鬼神の如き男がまもなく…
「暴蛇烈覇!!!」

報告途中のヴァリアー隊員が、吹き飛んだ。

「ランチアさん!」

立ち込める煙の中から現れた男に、綱吉は思わず叫んだ。
瞬間、視界からなまえが消えた。何が起こったのかは分からない。だが、綱吉の超直感が確かに告げる。

───ランチアが、危ない。

「ランチアさん! 避けて!」

綱吉が叫ぶより早く、ランチアも攻撃を避けるかのように右に飛んでいた。根拠はなかったが、長年の経験と勘がランチアの体を動かしたのだ。その左頬に何かで切り裂かれたかのような一直線の傷が付いた。そこから、真っ赤な血が滴り落ちる。一瞬でも遅れていれば、間違いなく切れていたのは首だろう。
ランチアの顔が薄く青ざめる。


「あはっ」


───楽しそうな声は、ランチアの背後からだった。彼の首筋を、冷や汗が流れた。

「よく避けられましたね! びっくりですよー?」

振り返ったランチアの目に、両手に大振りのサバイバルナイフを持って、楽しげな笑みを浮かべるなまえが写った。彼女が纏うのは、紛れもない狂気。雰囲気の一変した彼女を、ヴァリアー以外の人間は目を丸くして見ていた。

「貴方が来てくれて嬉しいです! ヴァリアー隊員を50人もやっつけちゃうなんて、きっとすっごく強いんですよね!」

なまえは相変わらず笑っていた。
それを見たランチアの本能が告げる。

───この女は、危険だ。

彼はなまえの言葉に返事をすることもなく、先手必勝とばかりに攻撃を始める。

「暴蛇烈覇!!!」

───当たったら……タダじゃ済まない、かなあ…。

自分に向かって真っ直ぐに飛んでくる剛球を見ながら、なまえはのんびりと考える。
表面に彫られた蛇の模様が、変則的な風を生み出しているのだ。彼女はそれを見て、にぃっと口角を上げる。そして、迫り来る剛球に向かって駆け出した。

「なっ!」

正気とは思えないその行動に獄寺や山本が思わず声を上げ、ランチアも大きく目を見開いた。
なまえは剛球に当たる直前で、それを避けるように低く屈んだ。巻き起こる風が彼女を捕らえるより速く、すれ違うように剛球の下をくぐり抜け、その低い姿勢から伸び上がるようにして、ランチアに向かってナイフを突き出した。

───速…っ!

内心驚きながらも、ランチアはその攻撃を何とか躱す。だがなまえは二本のナイフを駆使して、攻撃の手を休めることはなかった。次第に、彼の体には傷が増えていく。

「……チッ」

ランチアはひとつ舌打ちを零し、応戦し始めた。避けていては、彼が不利になるだけだと判断したのだ。ランチアの拳を躱しながら、なまえはますます嬉しそうな顔をした。「なかなかやりますねー!」と楽しげな声を上げている。この場には似つかわしくない、幸せそうな笑顔を浮かべて。

余りにも、異質。
ランチアの背を寒気が駆け抜けた。

その間にも、二人は攻撃を止めない。至近距離で突きや蹴りが交錯する。その距離の近さのために、周囲も無闇に手が出せない状況だった。





───ところが、勝負は意外にもあっさりと着いた。

ランチアの拳をバク転で避けながら放ったなまえの蹴りが、彼の顎を捉えたのだった。一瞬止まった動きを見逃さず、彼女はランチアの足を払い、その上に馬乗りになる。もちろん、首にナイフをあてがうことは忘れない。

ヒュー、とベルが口笛を吹く。

「ししっ、さっすがなまえ」
「さっさと殺っちゃってよ」

ベルとマーモンの言葉に、綱吉達の顔色が変わる。

「おい、止めろ!」
「させるかよ!」
「待て! ランチアまで巻き込まれるぞ!」

山本に言われ、獄寺は悔しそうにダイナマイトを握り締める。
しかし、それらの言葉も、なまえには聞こえていなかった。ただ、ぼんやりとランチアを見つめている。ランチアは不思議そうになまえを見つめ返した。

「どうした。殺さないのか」
「……興醒めです」

予想外の呟きに、ランチアが目を丸くした。なまえは首を左右に振って、呆れたように続けた。

「貴方今、一瞬力を抜いたでしょう?」
「! な、」
「生きることを諦めたんですか? 殺されることを望んだんですか?」

バレていた。ランチアは思わず舌打ちをしたい衝動に駆られた。
彼女に拳を避けられた瞬間、確かに力が抜けたのだ。なまえの足も見えていたが、脱力した体は言うことを聞いてはくれなかった。

「だめですよー、ダメダメ、全ッッッッッ然だーめ。もっと必死に足掻いてもがいて見苦しく生にしがみついてください。ねぇ、死んでも良いなんてナンセンスでしょう? こんな弱いんじゃつまらないですよ少しも面白くなんかないんです!」

なまえの言葉は徐々に語気が強まり、最後はほとんど叫ぶような調子だった。苛立ちが募る。

───楽しくないつまらない許せないいらない殺したい。

そんなに生きたくないのなら、

「私が逝かせてあげますよ!」

なまえはナイフを高く上げ、ランチア目掛けて勢い良く振り下ろした。

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