memo | ナノ

Diary

 視点変更

こちらの捧げ物の彼女視点





私の目の前には目玉焼きの乗った皿がおいてあった。いつも通り、私はそれに軽く塩を振り掛けて食べようとする。隣には女の子が立っていた。にっこり、という擬音がピッタリの明るい笑みを浮かべており、右手には醤油が入ったペットボトルを持っていた。
それを見て、頭にハテナを浮かべた私に構わず、突然女の子は目玉焼きに醤油をかけはじめた。

「え?」

思わず声を上げた。しかし、女の子は醤油を掛ける手を止めようとはしない。かけすぎた醤油は、皿から溢れてテーブルを汚した。

「ちょっ…何して……あれ!?」

女の子を見上げ、私は驚愕した。
彼女はいつの間にか、大きなペットボトルに変わっていたのだ。中には並々と醤油が入っている。
そして女の子だったはずのそれは、驚く私の目の前で、大きな音を立てて床に倒れた。
開いた注ぎ口から醤油が溢れ、床を汚し、私の足を浸し、膝へ、腰へ、そして───





「───起きて!」

不意に耳に入った誰かの声に、私はゆっくりと目を開いた。視界に、ふわふわと揺れるススキ色が写る。

「…あ、沢田くん。おはよう」
「大丈夫? うなされてたけど…」

上半身を起こして辺りを見回す。そこは放課後の教室で、校庭からは部活をしている生徒の声が聞こえてきていた。

「…夢か」

……それにしても、恐ろしい夢だった。醤油がトラウマになってしまいそうだ。私は目玉焼きには塩と決めているのに、あの異常な量の醤油。……いや、決め付けるから悪いのだろうか? 目玉焼きに醤油を掛けて食べる人にとっては、むしろ嬉しい状況なんじゃないのか? ……わかんないけど。

「…うん、異文化理解って大切だよね」
「どんな夢見てたのー!?」

きっとこれは夢のお告げなのだ。「塩」という固定観念を捨て、そろそろ「醤油」という新境地に足を踏み入れるべきだというお告げだ。…しかし、あの皿から溢れ出すほどの量はどうなんだろう。

「塩分の取りすぎは体に悪いから…」
「正しいけど何言ってんの!?」
「…いや、」

でも、醤油をかけてみれば分かるのかもしれない。最初っからあんなに沢山は掛けられないけど。
他者を理解しようとしてみるのは大事なことだ。それが明日の平和に繋がるはずだ。確かに、醤油の掛けすぎは良くないが、それでも。

「私の健康よりも世界平和の方が重要だよね」
「壮大なスケール!」

うんうん。よし、今日は帰りに醤油を買って帰ろう。

……あれ?

「ところで沢田くんは何で居るの?」
「ん?」

首を傾げて尋ねると、沢田くんは苦笑して、手に持っていた紙をヒラヒラと示した。

「ああ、数学の課題忘れちゃってさー」

……数学の…課題……だと…!?

私は衝撃を受けた。脳天に雷が直撃したかと錯覚するくらいの衝撃だった。ブラックコーヒーだと思って飲んだものが、実は炭酸の抜けたコーラだった時と同じくらいの衝撃だった。あのやるせなさはつらいよね。炭酸の抜けたコーラなんて、ただの甘ったるい黒い液体だ。ツッコミのいないボケと同じくらい無意味だ。もちろん、勿体ないから飲み干すけど、飲んだあと、謎の気持ち悪さに襲われるのはどうにかしてほしい。
そうならないためには、炭酸があるうちに飲めればいいんだけど……あ、そうか!

「ドライアイス買えばいいんだね!」
「え!? 何で!?」

これで万事解決だ。ドライアイスは世界を救う。……あ、そうだ。『世界』で思い出した。私は醤油買わなきゃいけないんだった。平和のために。
ふと沢田くんを見ると、困ったような顔をしていた。……ああ、そういえば沢田くんが起こしてくれたんだったね。ありがたや。

「起こしてくれてありがとね、沢田くん」
「うん」
「京子じゃなくてごめんね、沢田くん」
「うん……え!? 何!?」

慌てる沢田くんはとても面白い。プリントを取りに来たときに寝ている人がいたら、きっと好きな子だと期待してしまうと思ったのだが、どうやら当たりらしい。
私は笑って、鞄を肩に掛けた。

「それじゃあ私は世界平和の為に醤油を買って帰るので! 沢田くん、また明日ね!」
「…うん? …えーと、またね」

沢田くんに手を振って、早足で教室を出た。

帰りのスーパーで醤油を買ったとき、数学のプリントを学校に忘れたことに気付いて泣きたくなったのは、また別の話である。
2012/01/12 11:44

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