烏の忠告



「忠告……?」

「えぇ、皆さん本日はターラの町へのご出張ということに置きまして、私めから言わねばならないことが」

「なんだ、分かったから早く言え」

 機嫌の悪い香野の言葉にも、戯宮は片眉を上げるだけだった。

 彼はもったいぶるようにして口の前に人差し指を持っていくと、全員の顔を見回しながら、

「まぁ簡単に言えば、ターラの町に出張なさるのはあなた方だけではないということです」

「!それって……」

「その通り、今回の任務……ラグナロクの方にも動きが見られました」

 その言葉に、車内の空気がピンと張り詰められる。

「やっぱり来たか……」

「詳しいことは分かりませんが、恐らく目的はこちらと同じでしょう。そして確かあれは……そうです、『キマイラ』!彼女に間違いありません」

「ちっ、あの女怪……ずいぶん気が早ぇじゃねぇか」

 香野が舌打ちをしたところで、珀憂が疑問を投げ掛ける。

「しかし、その情報は確かなのか?もしかしたらその情報自体が罠ということも……」

「いいえもちろん、私がこの目で確認しましたから、間違いはないでしょう。安心して下さい」

 戯宮が答えると、珀憂は「そうか……」と言って大人しく引き下がった。

 まだ少し戯宮のことを信用しきれてはいないらしく、チラリ雅の方を見やる。

 雅はゆっくりと頷いた。

「それでは、用件は伝えたことですし、私はこれでおいとまするとしましょう。汚れたコートも洗わなくてはなりませんしね」

 そう言い戯宮は立ち上がると、降りるためにか、先程やって来た時と同じく馬車の扉を開いた。

 香野は早く帰れ、と言わんばかりにそちらをジッと睨み付けるが、彼はそこでふとあることに気づく。

 ――あれ、この馬車って確か……

「それでは皆さん、アディオス!」

 ――走ってるじゃねぇか!

「え、ちょ、待て!今出ると……」

 香野の忠告にも関わらず、戯宮は外へと身を投げ出した。

「!?」

 驚いた香野が慌てて扉に駆け寄るが、そこには既に彼の姿は無く、辺りは一面の森と道だけ。

「どういうことだ……?」

 もしやあの鳩ほどの大きさの小さな羽で飛んだとでも言うのだろうか。それはそれで滑稽とも言えるのだが……

 不思議に思ったまま、香野は馬車の中へと戻って行く。

 しかしやはり気になるのかもう一度だけ、と今度は反対にある窓から身を乗り出すが、やはり何もない、と身を戻した。

 だが残念ながら彼はその時も、馬車の上の空を旋回していた一羽の烏に気づくことは無かった。――もちろん、その烏が嘲笑していたことにさえ。




  



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