突然の来訪者



「なぁなぁ珀憂ー、いつになったら町に着くんだよ。もうかれこれ三時間ぐらいは乗ってるぜー」

「あぁー……もうすぐ着くとは思うが、なかなか先が見え……って香野。お前、何をしているんだ?」

「え、何って……」

 先程まで窓の外を眺めていた珀憂が、ふと向かいに座る香野に問いかけた。

一方の香野はきょとんとした顔で、

「おやつ食べてるだけだけど……」

 と、バスケットから取り出した黄色のマカロンを口に放り込む。

 珀憂も食べるか?とピンクのマカロンを差し出し、貰った珀憂も「あぁ、すまないな」と言いながら幸せそうにそれを頬張る。

「ん、これは中々にうま……って違うだろ!何が『おやつ食べてるだけだけど……』だ!なんだ、あれか、お前は遠足にでも行くつもりなのか!?」

「んだよケチだなぁ。つか珀憂も食ったんだから、いつまでも文句言ってんじゃねーよ。共犯者だ、共犯者」

 そう言いながら、香野が追加でパイの包みを広げ始める。

「あぁ、またお前はそうやって!」

「まぁまぁ、珀憂も落ち着いてください。香野も、ここで食べると揺れますからちゃんと敷物を敷いて……ん?」

 そろそろかと雅が仲裁に入ろうとしたところで、コンコンと何かが窓を叩く音がした。

「どうした雅?」

「いえ、今何か窓を叩く音が……」

 それはとても小さなものだったが、人間の聴力の優に数百倍を超える聴力を持つ雅にとっては、聞くに足らない音であった。

 彼は不思議に思い首を傾げながらも、確認のためにその“走っている”はずの馬車の扉を外に開く。

 するとその瞬間、突然開放された扉の隙間から勢いよく黒色の人影が中に滑り込み、

「うごっ!!」

 パイを食べようとしていた香野の顔面に激突した。

「いってー……なんだよ誰だよ何すんだよぉ!」

 彼は頭を押さえて立ち上がると、自分に突っ込んできた人間に向かって服にベットリと付いたパイの破片を投げつけた。

 床に散らばったマカロンやクッキー達は既にその形を失っており、今や足場を埋め尽くすゴミの山と化している。

「……ふむ。この味はブルーベリーですか」

 そんなお菓子“だった”もの達の残骸の中から聞こえてきたのは、若い男の声だった。

 男はコートに付いたパイの破片をペロリと舐めとると、床に落ちた青いリボンのついたシルクハットを被り直し、コートの裾を手直しする。

 彼は立ち上がり、改めて室内に向き直ると辺りをグルリと見回し、そしてある一点に目を止めた。

「あぁ、これはこれは!久しぶりですねぇ、雅くん。お元気でしたかぁ?」

 男は不健康そうなべっとりと隈のついた目を大きく見開くと、嫌なニヤニヤ笑いを浮かべて雅に寄り付いた。

「え、あ、おい…お前……!」

 すると二人の顔を交互に見つめていた香野が、何かに気付いたように驚いたような声を上げる。

 それが分かった雅はあからさまに嫌な顔を表に出すと、仕方がないといったように腕を組みながら口を開いた。

「誰かと思えば……戯宮(ギキュウ)、あなたでしたか。まぁ、そちらは相変わらずなようですね」

 漆黒の髪に漆黒の瞳。

 ボサボサ頭で少し隈が目立つが、その顔立ちはまさに、目の前で眉を潜める雅とうり二つなのであった。




  



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -