子供ではないから



「ちょっと美好、どこに行くの!」

 焦った様子で廊下を走っていた美好に、自室から出てきたらしい暮哭が声を掛けた。

 彼は呼び掛けに気が付き立ち止まると、彼女を見て一瞬敵意をあらわにしたものの、先程の映像が気になるのか暮哭を無視してまた走り出してしまう。

「なによ、あんなに急いで一体どこに行くのかしら……あら?雲ちゃんじゃない。お久しぶり、良い子にしてた?」

「……雌竜よ、帰ってよったか」

 部屋に戻ろうとしたところでやって来た雲にヒラヒラと手を振ると、彼は「子供扱いするな」と言いたげな瞳で彼女を見上げる。

「ねぇねぇ、今美好が慌てた様子で走ってちゃったんだけど、雲ちゃん何か知らない?」

 同じ目の高さになるようしゃがんでそう言うと、彼はそれも気に障ったらしく顔を背け、

「表にラグナロクの使徒が来たようだ。我はここを出ることが出来ないが、美好が向かったことだし大きな問題は無いだろう。しかし……」

 そう言いながらも雲は深い溜め息を吐き出すと、少し不安の残る表情をしたまま呟く。

「あやつ、もしや今が昼間だということを忘れておるのか……」

「!」

 彼の言葉を聞いて暮哭は驚愕に目を見開くと、先程美好が走っていった道を振り返った。しかしもちろん彼がそこにいるはずも無く、ハラハラとした焦燥感だけが暮哭の周りを包み込んでいく。

 そう、『ヴァンパイア』の神憑である美好は日光に弱い。

 さすがに他の書物に書いてあるかのように灰になったり燃えたりする訳ではないが、あまり調子が優れなくなるというのは確かだろう。

 これでもし、ラグナロクとの戦闘にでもなったとすれば――

「あの馬鹿……!」

 暮哭は立ち上がると、自室に戻ってコートを取り出し上から羽織る。

「もしかしたら危ないかもしれないから、雲ちゃんはここで大人しくしてるのよ?」

「汝に言われなくとも、それくらい心得ておるわ」

 そう言って雲は「馬鹿にするでない」と付け足し鼻を鳴らすと、振り返り先と同じ方へと帰って行く。

 残った暮哭はよし、と袖を捲ると、そのまま正門を目掛けて走り出した。




  



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