「兄さん、危ない!」
それを見た百埜が思わず振り返り叫ぶが、ナイフはスピードを緩めることはなくどんどんと二人の元へと吸い込まれていく。
動けないために恰好の標的とされた遡琉を庇うようにして、香野は彼の上に覆い被さったが、それでもあの厚いナイフは自分の体もろとも彼に突き刺さるだろう。
香野は覚悟を決めたように強く目を瞑った。
「っ――!」
だがしかし。
想像していたような衝撃や痛みはいつまでたっても訪れず、代わりに自分の後ろでキン、という金属同士がぶつかり合うような音が響き、投げられたはずのナイフが床へと落ちた。
「大丈夫か、香野!」
驚いた香野が振り返ると同時に、息を切らしたままに剣を構えていた珀憂が同じように振り返った。
「珀憂……!」
珀憂は状況を確認するようにして辺りを見回すが、香野の下で意識を失っている遡琉を見つけて驚いたように声を上げた。
「香野、これはどういうことだ!?どうしてこんなことに……」
「おい、珀憂、後ろだ!」
「!」
状況が理解出来ないといったように遡琉と来夏、そして鎌を手にした百埜を交互に見ていた珀憂だったが、突然香野が叫んだことに反応し、振り向き様に手にした剣を振りかざした。
その拍子に高い金属音が鳴り響き、珀憂の剣に食い込むようにして重なった大振りな太刀が火花を散らす。
「お前、なぜ……!」
「これだから平和ボケしたうつけ者が……ツメが甘いと言うんだ」
血にまみれた顔で冷めた目を光らせる纉抖は、珀憂の剣を振り払うと後方へと跳び退り来夏の脇へと着地する。
「お待たせしました、来夏さん」
「よぉ纉抖、ずいぶんと戻ってくるのが遅せぇじゃねぇか。待ちくたびれたぜ」
ニヤリと笑いながらに来夏が鋸を腰にしまうと、纉抖はそこでやっとフッとした人間らしい笑みを一瞬だけ見せ、香野達に向き直った。
彼はそのまま高く太刀を振り上げると、勢いをつけて思い切りそれを振り下ろす。
「くっ……!」
「なんだ……!?」
煙幕のように辺りに砂塵を巻き起こした旋風が晴れた時には既に二人は消えており、廊下を抉った大きな破壊痕だけが残されていただけなのだった。
憎いぐらいに青い空が見えるほどに。