毒の石、大鎌により振り下ろされる



「百埜!」

 いきなり現れた百埜に、香野が思わず声をあげるが、彼は気づいてない様子でずっと一点を見たまま動かない。その顔は目の前の情景に驚きを隠せないでいるようだったが、しかしそれとは別の――どこか焦ったような表情も見受けられる。

 香野はもう一度彼を呼ぼうと口を開けたが、その前に来夏が嬉しそうに声を上げた。

「おいおいおい、誰かと思えば俺様を牢にぶち込んで石にした『コカトリス』君じゃねぇか。いやぁ、嬉しいねぇ。姿は違えど名前を聞いてビビッと来たぜ。さっきそこの兄ちゃんが言ってたからなぁ」

「!お前か、兄さんを撃ったのは……」

 来夏の言葉に、百埜はピクリと反応を示すと、顔をうつむかせたままに低く呟いた。

 それを聞いてか、来夏は更に楽しそうに顔を歪ませると、調子づいた声音で百埜へと近付き言う。

「あぁ、そうだなぁ。面倒だったからつい撃っちまったよ。そうか、お前の兄ちゃんだったのかぁ……すまなかったな、急所はギリギリ外してやったはずだから“多分”生きてるはずだぜ?全く、先に兄弟だって分かってたら殺してやったのによぉ……おっ!?」

 そう言ったのもつかの間、突然来夏の視界が暗くなったかと思えば、次の瞬間に現れた鈍い輝きに彼はとっさに大鋸で身を守る。

 鉄と鉄が擦れる金属音と共に火花が散り、来夏はギチリと食い込んだ“石で出来た大鎌”を跳ね返すと、反動で大きくよろけながらも今しがた刃を向けてきた相手を見返した。

「……あぁ、なるほど君か、フェンリル。どうやって地下牢から出てきたかは知らないけど、どうやらうちのお客さんに手を出してたみたいだね。しかも挙げ句の果てには兄さんまで……!」

 底冷えしたような銀の瞳に、まるで死神を彷彿させるような鎌を携えて百埜が言う。

 先ほど別れる前に会った時とは全く違うその風貌に香野は思わず目を疑ったが、そんな彼すら見えていないかのように百埜はもう一度鎌を振り上げた。

「うぉっ!?」

 来夏の頭上に向けて振り下ろされたはずのその鎌だったが、それはなぜか彼の首を撥ねようとはせず、そのまま地を這うようにして来夏の足元を掬おうと横に薙がれた。

 思わぬ狙いに来夏はバランスを崩しながらもそれを跳ねて躱すと、再び襲ってきた鎌を鋸で受け止める。

「あーあー、熱くなっちゃって。そんなにいけないことでもしちゃったかな?俺様」

「貴様……もう一度石にしてくれる……!」

 未だ余裕の笑みを浮かべる来夏に、百埜が怒りで声を荒げる。

 その直後、彼の体に異変が起こった。彼の頭の冠――否、先天性の『コカトリス』の神憑である証でもある鶏冠が、徐々に赤い色を増していったのだ。

 そしてそれにつられるかのようにして、来夏の体にも異変が起こり始める。彼が百埜に触れていた部分がパキリと音を立てたかと思えば、灰色の無機質な石の波が彼の体を侵食し始めたのだ。

「っ――!」

 それに気が付いた来夏は急いで百埜を蹴り飛ばすと、大きく距離をとり「おかしい」と呟いた。

「お前……本当に『コカトリス』の神憑か……?違う、あれはそんな能力じゃねぇ。あいつは……」

「おい、百埜!どういうことだよ!」

 来夏が何かを言いかけようとしたところで、いつの間にか遡琉の介抱に当たっていた香野が声を上げた。




  



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