タイムリミット
放たれた銃弾が頬を掠めてしまい、香野は思わず半歩後ろへと下がり、傷口から流れ出た血を拭った。
あれから状況は好転することはなく、遠距離戦に持ち込めば来夏の機関銃が弾を放ち、しかし却って近距離戦に持ち込めばあの巨大な鋸に首を根こそぎ持っていかれることは既に明白。
まさに防戦一方。香野は誰知れずに唇を噛んだ。
「おいおい、まさかこんなもんじゃねぇよなぁ。せっかくこうして会うことが出来たんだ、もっと楽しもうぜ?」
来夏は空になった薬莢を取り替えると、すぐにまた続けざまに雨のような弾丸を撃ち続ける。
「この、ふざけてんじゃねぇ!」
負けじと香野も両手の銃を撃っていくが、来夏はそれを全てすんなりと避けて見せた。
ましてやその隙を見て襲いかかってくるあの巨大な鋸が自分のすぐ近くを掠めていく度に、まるで命が削り取られていくような気がして嫌な緊張感が全身を駆け巡る。
「……おっと、また弾切れのようだ。ちょっとはしゃぎすぎたぜ」
来夏はニヤリと笑いながら挑発するように香野に視線を向けると、空になった薬莢を床にばらまいた。
対する香野は肩で息をしながらも残弾を確認し、まだ戦えることを確認してから相手を睨み返す。
「馬鹿にしやがって……ちょっとは静かにしてろっつーの!」
そう言い彼は床を蹴ると、地面に手を付きそのまま来夏の顔面目掛けて鋭い回し蹴りを放った。
が、対する来夏はそれを避けるでもなく、片手の機関銃を投げ捨てると、飛んできた香野の蹴りを受け止め、そのまま足を掴んで勢いよく投げ飛ばす。
来夏の予想外の行動に壁に激突しかけた香野だったが、しかし間一髪のところで両手から放った蜘蛛の糸で網を作ることでそれを回避した。
「あっぶねぇ……!」
「あぁ、なんだ?こんなもんか。そんなんじゃあ暇潰しにもならないぜ?」
余裕の笑みを見せる来夏に、香野は舌打ちをして両手の銃を構え直す。
力の差で敵わないことは端から分かっている。問題は珀憂と雅が来るまで、どう時間を稼ぐかだ。ラグナロクの中枢でもあるこの男を逃がせば、これからの戦いが更に厳しくなることは決まっている。
そのためには何としてでもここで食い止めなければならないのだが――長くは持たないことは彼も重々分かっていた。
――それにもしも、ここでコイツを逃がした人間がやって来たとすれば……
「どっちにしろ、時間は無ぇってことか……」
香野はそう判断を下すと、来夏に向けて銃の引き金を引こうとしたのだが――
「兄さん!」
突然の声に思わず二人がその方へ振り向くと、通路の奥からやって来たらしい百埜が、青ざめた顔をして血溜まりの中に倒れている遡琉を見つめていた。
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