金狼の咆哮
しかしいち早く遡琉の攻撃に気付いた来夏が、香野の腹を蹴り飛ばし、振り向き様に刃を受け止めた。
「危ねぇ危ねぇ。久しぶりの娑婆だってのに、危うく首が飛ぶ所だったぜ」
「はっ、他人の首を撥ねようとした奴が良く言う」
遡琉は剣を横に薙いで鋸を振り払うと、来夏からある程度の距離をとって対峙する。
蹴られた香野もうめき声を上げながらヨロリと立ち上がると、相手の頭に向けて銃の照準を合わせた。
「さぁ、どうする?もう逃げ場はねぇぜ?」
「あぁ。痛い目にあいたくなかったら、大人しく降参するんだな」
遡琉も同じように、来夏に向けて剣の切っ先を向けると、睨んだようにして言い放つ。
しかし一方の来夏は―この状況にも関わらず、“笑っていた”。
「クク……ハハ……アッハッハッハ!これは傑作だ!この俺様が?降参?……馬鹿言ってんじゃねぇよ」
彼はひとしきり笑った後、先程とは打って変わって冷たく、怒りとも取れるような底冷えした瞳を香野に向ける。
「あぁ、やっぱり外の世界は楽しい!それこそ、石となって死んだような毎日を送ったこの幾年よりもずっとな!……だがな、考えてみりゃあ、やっぱり楽しみはゆっくりと味わいたい訳なのさ。だから……」
来夏はニィッと嗜虐的な笑みを浮かべると、空いた左腕の裾から少々小振りな機関銃を振り下ろし、その銃口を遡琉に向け――撃った。
「っ!?」
あまりの速さに遡琉も反応が遅れ、加速した銃弾は彼の右の脇腹にめり込むこととなる。
「遡琉!」
香野の叫びも虚しく、彼は白い軍服を赤く染め上げながらその場に崩れ落ちた。
「――とりあえず、一般市民は黙ってろや」
ガシャンと音を立てて、来夏の機関銃から空の薬莢がこぼれ落ちる。
「おい、遡琉!」
遡琉は気絶しているのか、全く動く様子は無い。
そして、その出血の量からしても、すぐに手当てをしなければ危険だということは瞭然だった。
「さぁ、どうする?早くしねぇと大変なことになるぜ?」
挑発するように笑いかける来夏に、香野は舌打ちをすると、ダラリと下げていた腕をもう一度、彼に向けて合わせた。
「……当たり前だ。すぐに終わらせてやるよ」
片手に鋸、片手に機関銃といった奇妙な出で立ちをした相手に、香野は内心焦りながらもいつもなような大口を叩いて見せる。
「さぁ、始めようぜ。楽しい殺し合いの時間だぁ!」
狼のその咆哮が上がると同時に、両者の銃口から弾丸が放たれた。
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