紛い物の彼



「おやおや、さっきまでの虚勢はどうしたんだい。烏くん?」

「……うるさいですねぇ」

 檠與が振りかざしたナイフを戯宮は銃剣の峰で受け止めると、そのままそれを前方へと弾き返す。

 反動で戯宮はよろめくと、そのまま屋根の上に膝をついた。

「……まったく、ガキがガキなら貴方も貴方で、どうしてこうもラグナロクにはまともな奴はいないんですかねぇ」

 そう言った戯宮は、思わず片手で脇腹を押さえる。

 それはつい先ほど檠與の攻撃で受けた傷があるところだったが、幸いにも切り込みが浅かったためか、今のところ大事にはいたっていないようだった。

「まともじゃないって?それはひんしゅくだなぁ……君だって、同じじゃないか」

 すると、突然目の前の檠與が霧散したかと思えば、すぐにまた彼は戯宮の目と鼻の先で収束し、グイと顔を引き寄せる。



「ねぇ……紛い物の“インポスター”くん?」



「……っ!」

 小馬鹿にしたように見下しながら笑う檠與に、戯宮は彼らしくもなく顔を怒りやら恥ずかしさやらが折り混じった感情から顔を真っ赤にすると、瞬時に彼は手元の銃剣を檠與に向かって振り上げた。

 檠與は余裕でその切っ先を受け止めると、おどけたように、

「怖いねぇ……。そんなに怒らなくたっていいじゃないか」

「うるさい……!私を、その名前で呼ぶな!」

 戯宮はそう叫ぶと、次いで得物の引き金を絞り、躊躇いもなく檠與に向かって撃ち込む。

「なっ……!?」

 しかしその弾丸は、彼に当たることは無かった。

 ――いや、正確には当たりはした。

 だがその弾丸は彼の身体をすり抜け、そのまま近くの鉄柱へとめり込んだのだ。

「あぁ、本当に残念だよ。君はもっと冷静に物事を判断出来る奴だと思ったのに」

 身体の一部を煙と化した檠與は、手にしたナイフで戯宮の銃剣をなぎはらう。

弾かれたそれは、それより下の地面に力なく落ちていった。

 そして、それと同時に、辺りにはその場にはそぐわない明るい、しかしどことなく悲しい印象を与える旋律が響き渡る。

「これは……!?」

 突然ふっと体の力が抜けた戯宮はその場に倒れ込むと、残りの力で旋律の出先である数件先の屋根上を見やった。

「ら〜らららら〜♪」

 そこでは、赤い日傘をさした少女が、さも楽しそうに歌を紡いでいた。

「さぁ、眠りましょう。永眠(ねむ)りましょう?そして、遊びましょうよ、ねぇ、お兄さん……?」

 少女は一際楽しそうに笑うと、その傘の先を戯宮に向ける。

 ――彼の意識は、そこで途切れた。




  



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