少女の行方



 それ以降はすっかりと黙ってしまった戯宮だったが、彼は五分もしないうちにまた目を開くと、ドッと疲れた様子で目線を上げた。

「……視えましたよ。やっぱり何か邪魔が入るみたいで会話をすることは出来ませんでしたが、彼が今どこにいるのかくらいは把握出来ました」

「本当か!?それで、雅はどこに……」

「そんなにがっつかないで下さいよぉ。心配しなくても、雅くんは既にオーディンの領内にいます。今はちょうどこちらに向かってるみたいですし、後一時間もあれば来るんじゃないですかぁ?……まぁ、大分面倒なことにはなってるようですがね」

 彼は無関心そうにそう言うと、デスクに置きっぱなしとなっていたカップのコーヒーを一気に飲み干した。

 すっかり冷めてしまっていたそれは、恐らく雅が新しく仕入れた豆を使ったものだったのだろう。苦味と酸味が程良いバランスで均衡を保っていてとても飲みやすい。

「良かったぁ〜!これで久しぶりに雅の手料理が食えるぞ!とりあえずまずはスコーンを焼いて貰って、後は新しいラズベリージャムを煮詰めてだな……」

「……そんな目的のために私は使われたんですか……」

 この上なく馬鹿馬鹿しい理由だ。

 鼻歌を歌いながら歓喜する香野に、戯宮はやっぱり断れば良かった、と頭の片隅でそう考えると、そのまま疲れて眠りたくなる衝動を抑えて珀憂の方に視線を向ける。

「それで、そちらの方はなんでしたっけ?また変な理由での質問だったら即刻帰って貰いますよ」

 皮肉気に笑みを浮かべて見せると、珀憂は「当たり前だ」と言って戯宮の向かいのソファに腰掛けた。

 他の面々はとうに飽きてしまっていたらしく、本棚に並んだ本を適当に漁って眺めている。

「私が聞きたいのは、お前が今回出くわしたラグナロクの使徒についてだ」

「……ほう」

 戯宮は察しがついたように片眉を上げると、ドボドボと追加のコーヒーをカップに注いだ。ついでと言わんばかりにもう一つのカップにも注いで珀憂に差し出したが、彼は礼を言うとまだ口は付けずに取っ手を持ち上げた。

「美好や暮哭からの情報で、一人はゲーテの神憑である檠與ということが分かった。だが……私はそれが単独での行動ではないと思っている」

 そこでやっと珀憂はカップの縁に口を付けた。――が、中身を一口飲んだところで彼はそのあまりの“甘さ”に、思わず口内のものを噴き出した。

「な、なんだこれは!ちょっと甘すぎやしないか!?」

「戯宮スペシャルですよぉ。砂糖とミルクをたっぷり入れた会心の一品です。私は美味しいと思うんですがねぇ……まぁ、それは置いとくとして。いやぁ、やっぱり騎士団長様は鋭い点を付いていらっしゃる!君の言う通り、敵はもう一人いますよ」

「!」

 驚愕の事実に珀憂は目を丸くするが、戯宮はそれには気にも止めず忌々しそうに目を細めて続きを話す。

「一人は檠與とかいう奴で間違いありません。そして……残るもう一人は緑の瞳をした少女です。名前は忘れましたけど。……というか、あのクソ紳士にませガキ……。次に会ったら本当にただじゃおきませんよ……」

 何があったのかは分からないが、よっぽどのことがあったのは間違いないのだろう。力みすぎたせいか、彼の持つカップに少しヒビが入った。

「少女の神憑か……聞いたことが無いな。しかし、先の戦いの際に姿が確認されなかったことから、もしかしたらその少女がオリーブ内に侵入している場合も考えられる。……まだ確信は持てないがな」

「それって、ただ単に先に帰ってたとかじゃないんですかぁ?ま、仮に侵入したとしてもどうやら特別戦いに馴れているような相手ではなかったみたいですし、心配はいらないと思うんですけどねぇ……」

「あぁ、まぁこの推測が外れて杞憂で終わることを祈ってるよ。それにしても……すまなかったな、いきなりこの人数で押し掛けて来て。また何かあったら連絡に来るから、しばらくはゆっくり休んでてくれ」

「えぇ、言われなくてもそうさせてもらいます。……さ、用が済んだなら早く出てって下さい。私は今から一眠りさせてもらいますんで」

 戯宮はそう言うと追い払うようにシッシッと手で払うような仕草をし、そのまま全員が出て行ったのを見届けてから、沈み込むようにソファに横になった。

 それと共にやって来る急激な眠気が彼の脳内を支配する。

 ――頭が、痛い。

『――〜♪』

 その時どこからか聞こえてきた聞き覚えのある旋律に、一瞬彼はどこで聞いたものかと思案を重ねたが――答えは出ぬまま、その意識は闇の中へと飲み込まれた。





『お兄さんは、あたしと遊ぶって言ったでしょう?』




  



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