夏強化月間 | ナノ


プラネタリウムに行こうと臨也からメールがあったのは昨日の夜遅くだった。
今日は朝から学校が休みで、静雄は特に予定もなかったのでそれに了承の返事を出した。
臨也と出かけるのは初めてのことだった。休みの日は混んでいるから、と朝早い時間を指定され静雄は寝過ごさないよう携帯電話のアラームをかけた。
しかし目を閉じても一向に眠りは訪れず、結局寝付けたのは明け方といって良いような時間帯だった。案の定目が覚めると出かける時間が迫っていた。静雄は慌てて着替えを済ませ家を飛び出す。
弟が「こんな早くからどこへいくの?」と聞いてきたけれど、静雄はそれに曖昧に返事を返した。
悪いことをしてしまったかも知れない。けれどこの状況を簡潔に説明するような器用な真似は静雄には出来なかったし、のんびりと説明しているだけの時間もなかった。
待ち合わせ場所には臨也がもうすでに来ていた。静雄は走ったせいですっかり上がってしまった息を整えようと深呼吸をする。
ゆっくり近づいて行くと彼は顔を上げてすこし微笑んだ。
「おはよう」
「おはよう」
まだこの笑みには慣れない。なんの裏もないのだと感じさせる素直な笑みには。
臨也はもとより顔立ちが整っているから、こうして屈託なく笑うといっそまぶしいほどだ。
「急いで来たの?」
すこし背の低い臨也は静雄を上目気味に見遣ってそう言った。
「汗かいてる」
まさか昨日の突然のメールのせいで寝付けずに寝過ごしたのだと、そんなこと言えるはずもなく静雄は沈黙した。しかし彼にはなにもかも見透かされているらしい。静雄は気まずさを味わって首のあたりを掻いた。
「遅れるなら連絡くれればそれで良かったのに」
臨也はそう言い、静雄は曖昧に頷いた。
「行こう」
そう言って差し出された手をとるべきか逡巡していると、臨也は半ば強引に手を掴んだ。 冷たい手だ。
「遅れるよ」
と言って臨也は笑い静雄はそれに小さく頷いた。



臨也とつき合い始めたのはごく最近のことだ。
それまでは顔を見れば喧嘩ばかりしていたくせにいざこうした関係になったら、彼はまるで手のひらを返したように優しくなった。はじめはなにかまた企んでいるのかも知れないと思いはしたが、特に裏があるようにも感じられず静雄は戸惑った。
静雄にとって恋愛というのは憧れるばかりのもので自分の手には届かないものだとずっと思っていた。それは自分の力のせいももちろんあるけれど、なによりこの性格が災いしている。我慢を捨て、忍耐ということを知らない自分は一生このまま、誰からも好かれずに過ごしていくのだろうと諦めてさえいた。
けれど突然に現れて躊躇いなく好きだと告げた臨也は優しかったし、それを疑うことでこの関係を壊してしまいたくなかった。流されていることは確かだったけれど、それでも心地よかったのだ。一度知ってしまったものをどうして手放したりなんか出来るだろう。
臨也は科学館の前でチケットを二枚買った。静雄は自分のぶんは払うといったのだけれど臨也は手を振っていいよ、と答えた。
「ありがとう」
「いいえ」
おかしそうに臨也が笑う。それを見るとすこしだけ胸が締め付けられるような、そんな感覚を静雄は覚えた。
早朝のプラネタリウムは空いていた。ふたりのほかにはカップルが一組いるだけで、そこからすこし離れた席にふたりで並んで座った。
「懐かしいな」
静雄は言った。
プラネタリウムなんて何年ぶりだろうか。子供の頃母親に連れて来られた以来かも知れない。それを伝えると臨也は
「デートの定番でしょう」と言って静雄はその単語に心臓が跳ねた。
デート。
そうかこれはデートなのか。
そう思うとなんだか急にいたたまれなくなってそっと臨也の様子を伺う。彼は穏やかな横顔をしていた。きれいな顔だちだな、と静雄は思う。自分と違うくせのない黒い髪も、高い鼻も、長いまつげも。
落とされた照明がさらに暗くなる。
「はじまるよ」
臨也が小さな声でそう言い、静雄は天井いっぱいに張られたスクリーンに目をやった。




続く

2011/07/03

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