夏強化月間 | ナノ


さあほらご覧、と促されたその先燈された提灯の向こうに狐の面が見えた。花嫁衣装の白が闇夜に浮かび、そのすぐあとに続くこどもたちの行列。
林檎飴を手にしたままの静雄はそれをぼう、と眺め、すると臨也は笑った。
「今日の目玉だよ」
「ああ…」
視線はそちらに向けたままで静雄は答える。祭の夜の婚姻の儀は華やかであるというよりも薄暗さを感じさせた。花嫁が持つのは真っ赤に生ったほおずきだ。それがぼんやりと照らし出されている。表情は見えない。狐の面は笑っているようにも泣いているようにも見えた。
行列がこちらに近付いて来るのにあわせて二人は道を開けた。軽く頭を下げられ静雄も会釈を返す。砂利道を歩く草履の音が遠ざかり、白無垢が闇に飲み込まれると静雄は軽くため息を零した。
「見事だねえ」と臨也が言う。彼の濃紺の浴衣の袖から覗く白い手首を静雄は見た。しなやかでずいぶんと細い。
「ああ飴が、」
見上げた彼にそう言われ静雄は慌てて手元に目を遣る。暑さのためにとけだした水飴が林檎の表面を伝いはじめていた。
そこを舌先で掬ってそれからひとくち噛む。甘さと酸っぱさが口に広がり静雄は頬を緩めた。
臨也は金魚を持っていた。出目金と赤いコメット。流星の名前の金魚はちいさな袋の中でいったりきたりを繰り返している。
「行こうか」と臨也が言うので静雄は彼に続いた。手絞りの帯は臨也に良く似合っていた。
あの花嫁は今夜すべてを男に捧げるのか。歩きながらそんなことを考えた。白無垢というのはそうした意味だ。ならばいま着せられている静雄の浴衣にはいったいどんな意図が、と考える。詮ないことだ、そんなもの、いくら考えたって答えなど出やしない。
林檎飴の甘さが舌に優しい。


「どこまで行くんだ?」
そう問えば彼は振り向いた。浴衣の袖から濃密な夏の夜の気配が漂ってきている。
「すぐそこ。もうすぐ花火をやるからさあ」
そう言う彼の隣に静雄は並んだ。虫の声が聴こえる。空には月と星とが並んでいた。
「花火なんて久しぶりでしょう」
「ああ」
たしかに臨也の言うように花火など、こどもの頃以来ではないか。ひかりの花が咲いては散るその様子ははかなさと潔さを感じさせて静雄は好きだった。
土手に並んで腰を下ろす。
林檎飴はすでに食べ切ってしまっていた。金魚のことが気にかかったけれど暗いなかでは良く見えない。
金魚を掬ったのは臨也だった。あれを、と出目金を指差した静雄に彼は笑って器用に何匹でも掬ってみせた。けれど静雄はたくさんの金魚を断って、そのなかから一匹とコメットをねだった。店の主人は安心したようにそのふたつを袋に入れ、空気と水を足すと輪ゴムで口をした。
臨也は黙って空を見ていた。暗いなかで彼の肌は幾分すこやかさを失って見える。今も暗色の浴衣を着ているけれどほんとうは明るい色が似合うのでは、と静雄は考えていた。
やがてひゅう、と音がして大輪の花が空に咲く。次々打ち上げられては闇に消えてゆくそれを黙って見ていると、ふいに臨也に手を取られた。
「なに、」
「これをあげる」
臨也はひかりの花のかけらを手にしていた。それをばらばらと手の平のうえに乗せられる。
ちかちかと照らし出されたそれは輝いて見える。
「ほんものじゃあないけどね」
ひとつ口に運ぶと甘い砂糖の味がした。
「花火みたいだろう」
静雄は頷いて彼を見た。不安げな瞳をしている。赤や橙や翠のひかりがちらちらとそこに混じるせいかもわからない。
「十分だ」と答えて静雄は空の星をかき集めた。いつの間にか身体が宙に浮いている。ぜんぶ集めても足りないけれど、せめてそれくらいは彼に渡してやりたかった。
「ひとのものかもしれないよ?」
臨也が笑う。
「そんなの知るもんか」
「横暴だなあ」
おいで、と手を引かれてふたりで夜を歩く。
狐の嫁入りが遠くに見えた。夫になるらしいすこし大きな狐が花嫁と杯を酌み交わしている。
自分のものをやるのはまだこわい。花嫁のようにはなれやしない。
火薬の匂いを近くに感じる。臨也は袂に星をいれているようでそこだけが明るい。手の平をそっとひらくと、かけらたちがきらきらと笑っていた。
いつの間に逃げ出したのか金魚がふたりを追い抜いて行く。






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2011/08/13

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