夏強化月間 | ナノ


ホラーです。そんなにこわくないですが苦手な方は注意!











最初にこの遊びをしようと言ったのが誰だったかはっきりと思い出せない。
何故だろう。あのとき四人しかいなかったのに。門田か、あるいは新羅か。こんな下らない遊びをしようなんて言い出したのは臨也だったかも知れない。自分ではない、と静雄は思う。自分は言っていない。それは間違いがなかった。扉一枚を隔てて誰かの歩くひたひたという音。
狭い用具入れのなかの二人ぶんの息遣い。
埃っぽく黴臭い空気を深く吸い込みたくなくて静雄は浅く呼吸する。締め切った空間は暑苦しくて汗が背中を伝うのがわかる。
もうひとりを見る。
彼も暑いのか白い頬をわずかに紅潮させていた。人が入るために作られたわけでないこの空間ではそれも無理はないだろう。
「誰だよこんなことしようって言ったやつ」
ひそめた囁きでそのもうひとりが言う。
「さあ」
「さあってシズちゃん覚えてないわけ?」
そう言われても思い出せないものは思い出せない。
たしかこれを始めようとしたとき、まだ外には夕焼けの赤が広がっていた筈だ。グラウンドにも部活動に勤しむ生徒達が何人かいた。
そこは静雄の教室ではなかった。隣のクラスだ。隣のクラスにはこのもうひとり、臨也と門田が在籍している。
夕焼けに照らされた教室の机。黒板の文字。何か書いてあったような気がする。思い出せない。
「お前こそ覚えてねえのかよ」
「新羅じゃなかった?それともドタチンかな…あれ…」
臨也は考え込んでいる。珍しい。
「んー良くわかんないや」
「なんだよ…」
静雄は答えてため息を吐き出した。

かくれんぼしよう。

しかしそう誰かが言ったことは間違いない。
その声ははっきりと覚えている。楽しそうな音だった。それでつい、加わってしまったのだ。
まさか臨也と隠れる羽目になるとは思わなかったけれど。
「ここなら見つからないよ」と笑って静雄の身体を押し込めたのは臨也だ。そのあとで彼自身も入って来たのには驚いたけれど、確かに臨也の言うとおりまだ見つかっていない。
用具入れの中には小窓がひとつきりあるだけだった。ずいぶんと上のほうにある。そこから虫の声が流れ込んできていた。
何もせずこんな狭いところに臨也と二人きりでいることができるなんて思いもしなかった。大体において彼は静雄を怒らせるのが上手い相手だ。にも関わらず先程から彼は得意の饒舌をしまい込んでいる。
もう一度窓を見上げると月が見えた。
ふと静雄は異様な違和感を覚えた。
教室にいたとき、数を数えたとき、あのときは何時だった?夕焼けの赤が支配していたあのときは…?
「おい、今何時だ?」
静雄は振り向いて臨也に尋ねた。
「え?」
「今何時だ?」
もう一度質問を繰り返すと彼は制服のポケットから携帯電話を取り出した。暗い空間に液晶画面のLEDが点滅する。
「8時…」
そこで臨也ははっとしたように顔を上げた。
「え、8時…?」
「おかしくないか?」
静雄は言った。
「まだ夕方だっただろ」
「うん」
臨也は答えて長いため息をついた。
「あーあこれはまんまと嵌められたね」
苦く笑う。
「馬鹿馬鹿しい、」
もう帰ろう、と臨也は言って立ち上がり、ズボンを払った。
静雄も苦い気持ちになる。
悪戯にしてはずいぶん趣味の悪い。小学生じゃああるまいし、臨也とふたりきり校舎に残して先に帰るなんて、全くとんでもないことをしてくれた。新羅ならともかく門田まで…と静雄は考え明日絶対に文句を言ってやろうと心に誓う。場合によっては一発殴ってやらなきゃ気が済まない。
静雄はシャツの袖で汗を拭い、引き戸に手をかけた。
しかしあっさりと開くだろうと思われたそこは固い感触を返してきた。
「てめぇ鍵かけただろ」
静雄は鋭く臨也を睨みつける。しかし彼は「え?」とこちらを見返してきた。
「かけてないよ」
「嘘つくな」
「ほんとだって。それにシズちゃんの馬鹿力なら開くでしょう。立て付けが悪いんじゃないの?」
臨也のこめかみから汗が流れ落ちる。それを見ながら静雄は舌打ちし、もう一度引き戸に手をかけた。思い切り引っ張る。しかし扉はびくともしなかった。
「いざやァ!」
今度こそ腹が立って静雄は大声を上げた。しかし臨也はきょとんとしている。
「え、ちょっと待ってよ」
近付いて来て彼の細い腕が伸ばされる。当然彼の手でも扉は開かなかった。
「閉じ込められた…?」
「ふッざけんな!」
静雄はいよいよ頭に血がのぼって扉を思い切り蹴飛ばした。それでもびくともしない。それどころか傷ひとつ入らなかった。
おかしい。
目の前にあるのは木製の扉だ。防火扉でもなんでもない、なんの変哲もない扉。ゴールポストを持ち上げたり、標識を引き抜くような静雄の力がこんな扉一枚に通用しないなんて明らかに異常なことだった。
「ねえもしかして普通の人間になったんじゃないの?このタイミングで」
臨也が皮肉げに笑う。しかし傷ひとつ付かないのはどう考えても変だった。
もし静雄が力を失ったとしても、男子高校生だ。それなりの力はある。急に不安になって静雄はモップを手にした。
「下がってろ」
そう臨也に言い、思い切り扉に体当たりした。しかし結果的に扉は開かず、手の中にはひしゃげたモップが残された。
「……」
沈黙が落ちる。
明らかに何かがおかしい。どういうことだ?
臨也も顔を強張らせている。
上のほうにある窓から虫の声が落ちてきてそれが用具入れの中に満ちる。
「おい、いざ…」
沈黙に耐え兼ねて静雄が口を開いたそのとき。
ひたりひたり、と廊下を歩く音がした。こつこつと言う靴の音ではない。パタパタというスリッパの音でもない。あきらかに素足で歩く音だった。
静雄は臨也と顔を見合わせた。
緊張している。手に汗をかいている。心臓の音がうるさい。
ひたりひたり。
どくどくとこめかみが脈を打っている。
ひたりひたり。
次第に近付いてくる足音。
背筋が冷えて、気が付けば知らず臨也の手を握りしめていた。どちらが先にそうしたのかはわからない。しかし放そうという気は起きない。
ひたりひたり、ひた。
足音が止まる。
繋いだ手にどちらからともなく力が込められた。
がたん、と音がして静雄はほとんど飛び上がりそうになった。そして唐突に教室で聞いた声を思い出す。

かくれんぼしよう。

そうだ、あれはずいぶん高い声だった。まるでこどものような、無邪気で楽しげな。
新羅のものでも門田のものでも、まして今隣にいる臨也のものでもない。
ゆっくりと扉が開く。
びくともしなかった扉が。
動くことも出来ず、息を殺して見詰めた先。
背中に汗が流れ落ちる。ぎゅっと更に指先に力が篭る。

ふたりぶんの息遣いが満ちる空間に記憶のなかとまったく同じ声が響く。
無邪気で楽しげな、声。

みいつけた。








2011/08/11

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