「坂口ー、ちょおツラ貸せや」 「……はあ、なんすか」 一つ上の先輩たちが卒業を来週に控えたというある日の事であった。 空には雲が厚く覆い今にも雨が降りそう、外は寒く、風も強い。今日は数少ない友人たちと教室でのんびりと世間話でもしていよう、そんなことを思うような陽気の朝。 来月からは恐らくどこぞの高校に進学するであろう先輩らが昇降口で俺の登校を待っていた。 昇降口なんていう生徒全員が通る場所に俺に話しかける様な人間が居ればさぞ入りにくいだろう、そんなことを考えながら適当に頷けば、先輩らは何処に行くつもりなのか歩き始めた。 ご丁寧に俺が逃げないようにするためか、五人ほど身内であろう人間で俺を囲んで歩くものなので、それに合わせて俺も歩を進めた。 呼び出された理由など、考えなくとも分かる。 どうせ、今まで喧嘩を売るたびに俺に負けてきたので卒業前に数でどうにかしようというものだろう。 正直顔を覚えているような人間はあまりいないが(制服が違う人間も居る様なので、恐らく他校の人間も混じっているのだろう。わからなくて当然である)俺をやたらと睨んでくるその目には見覚えがあった。 「坂口、ここに連れてこられた理由は分かるわな?」 「まあ……俺と喧嘩したいんやろ?」 「ちゃうわ、お前を潰すためや」 連れてこられた場所はべったべたではあるが体育館裏。 そこには、俺を連れてきた人間の約倍の人間が俺を連れてきた先輩と同じような目で俺を睨んで待っていた。 はて、自分はこれだけの人間に因縁をつけられるようなことをしていたのだろうか。 正直五、六人相手ならばどうにかはなっただろうが、自分の指以上の人間が相手となれば喧嘩で勝てる見込みなど無い。 そんな状況ではあるのだが、一つ下の後輩に此処までの人数でくるとは大人げないというかむしろ滑稽で笑えてしまった。 「はは、」と声を上げて笑えば、癇に障ったでだろう一人の先輩が俺の腕を思い切り殴ってきた。それも、何処にあったのかは分からないが、あろうことか鉄パイプで。 「っ……」 思い切り振ってきたのだろう、殴られた場所からはみしりというなんとも鈍い音が響いて耳まで届いた。 それ程の威力があったものを眉一つ動かさず耐えるなど出来る筈も無く、痛みに顔を顰めれば何が面白いのか先輩らの妙に腹立たしい笑い声が聞こえてくる。 一応、殴られたのは利き腕ではない右腕であったのでやり返そうと思えば出来るが、ここで抵抗をしようものならば、本来自分が受ける傷をさらに増やすことは目に見えていた。 俺を今囲んでいるのはそういう人たちなのだ。 だから俺は……―――― 「……痛い」 俺が抵抗と言う抵抗を一切しなかったからか、先輩らは執拗に腹や腕、足という教師に見られないような場所を狙って俺を袋叩きにすると(彼らも一応喧嘩をすれば折角受かった高校の合格通知が白紙になることは知っていたのだろう)「つまらんわ」と一つ吐き捨てて何処かへ行ってしまった。 此方としては思惑通り、十人以上から殴られたにしては随分と軽い怪我で済んだとは思う。 とは言え、軽い怪我と言ったところでそれは十人以上に殴られたにしてはというだけで、普段の喧嘩から比べたら大怪我より上と言っても過言ではない。 最初に殴られた右腕は動かそうとすればジリジリと熱い痛みがするし、顔は殴られていないが何故か頭は殴られたので今にも意識は飛んでしまいそうなくらいには霞んでいる。 立つことすらままならないこの状況では保健室に向かうことも困難で、しかもここは体育館裏。人が来ないことで全国共通の有名な場所だ。 「もう、なんでもええわ……」 今にも雨の降りそうな暗い空を見上げながら、もうどうにでもなれと霞んでいく意識に身を委ねる。 暗くなっていく視界の端で誰かが俺に近づいてくるような気がしたけれど、一度離してしまった意識を手繰り寄せることなど出来なかった。 「京くん?」 |