嫌な予感はしていたのだ。


「おはよーさん」
「はよう……」
「なんや、今日は早く起きれたんか」
「二時に目覚めてそっから寝とらんわ」

「大丈夫なん?」電話の奥から幼馴染の心配そうな声が聞こえた。
ベッドから起き上がりながら「何時ものことや」と適当に言えばさらに心配するような声が返ってきて、それが鬱陶しくて何も言わずに電話を切る。
そして溜息を一つ。
何故だかもやもやとする腹の中に苛立ちながら、それをぶつける様に上着を脱いで壁に投げつけた。勢いを無くした上着は壁に当たる前にゆっくりとフローリングに落ちていく。

「っち」
「一季おるー?」

無くなるどころか増幅した苛立ちに思わず舌打ち。
同時に当たり前のように扉を開けて入ってきた幼馴染に向かって、俺はもう一つ舌打ちをした。



「今日ほんまついとらんな、悪いことのしすぎや」
「黙っとれよ白石……」
「機嫌も悪すぎやろ」

今日は朝練が無いと笑顔で告げてきた白石蔵ノ介と言う男は、才色兼備という言葉を現実にするために生まれた男だ。
テニス部の部長で性格も良く、たまに突拍子もないことを言う以外は完璧という言葉そのもののような人間。
そんな男と俺は保育所に通っていたころからの仲であり、その為かお互いの親同士も仲が良い。
だからこそ先ほどの自室無断侵入が可能なわけであるが、そんなこと今はどうでもいいのだ。
それより今は、俺が最近買い換えたばかりの靴の紐が二足ともぶち切れてそれに躓き派手にすっ転んだことの方が重要である。
受け身を取ることも出来ず膝からアスファルトの上に体を打ち付けた所為だろう、すごく痛い。
呆れたような、憐れむような声色で上から降ってくる白石の言葉と差し出される手。
それを掴みながらゆっくりと立ち上がれば、やはり呆れと憐れみの合わさったような表情で幼馴染は笑った。

「階段から落ちて食器は割れて、今日は厄日みたいやな。大人しく過ごしたらええわ」
「……おん」
「おお、今日は素直やね」
「流石にしゃーないわ」

白石のいう通り、厄神にでも憑かれたのかという位ひたすら痛い目を見ている俺は、今日一日大人しく過ごすことを誓った。
しかし、その厄神はたかが一日大人しくしている位では帰ってくれないようで、それどころか大きな大きな厄をボトリボトリと俺の回りに落としていく。



その大きな厄と言うのがそう、

「神津礼花です! これからよろしくね!」

コウズレイカと言う、妙な女のことである。
たいして愛らしいとも思えない容姿に、どうしようもないような甘ったるい纏わりつくような声。
そんな、男にも女にも好かれないような女が、三年二組に何でか知らないが転校してきた。
本来なら近づきたくもない人種ではあるが、学校での俺はそんなことは口に出すどころか顔にも態度にも表さない。
何と言ったってそう、俺は、

「椋橋、生徒会長らしくちゃんとエスコートしたり」
「当たり前っすわー」

この学校の生徒会長、成績優秀で顔の良い、優しい人間だからである。
くねくねと白石の方が幾分かましな鬱陶しい動きで俺の隣の席に座った女は、「よろしくねぇ」とやたら腹の立つ口調で話しかけてきたので、

「ああ、よろしゅうな」

と学校の人間からは爽やか、白石からは胡散臭いと定評のある優しそうな笑みを浮かべた。
横目に教室
を見回せば、女の子等はそうでもないが一部男は食い入るように神津礼花を見つめている。
その中に、幼馴染とその親友も含まれていることに、今朝の嫌な予感と厄は此れの前兆かと認めざるをえない。


腹の中のもやもやは、暫く収まりそうにない。



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