にゃあにゃあ、にゃーにゃー。猫は二月に恋をする。扇情的な雄の鳴き声に惹かれるようにして、雌は相手を探し出す。二月に始まるその恋は、春になれば終わってしまうものだった。

 私は二月に恋をした。猫と違って、鳴きかけるのは私のほうだった。喉を鳴らして甘えるように彼に擦り寄る。鋭い爪は決して見せない。名前を呼ぶ私の声は文字通り猫撫で声。いざ私の領域に踏み入った彼を捕らえるために、鉤舌でその手を舐め、離さない。



「にゃあー」
「……何なのだよ」

  本と睨み合いを続ける彼の膝の上、寝転がってみると不機嫌そうに言葉を返された。

「猫の真似だよ」
「やめろ不愉快だ」

 眉根を寄せて彼はそう言った。猫嫌いな彼だけど、正直ここまでとは、猫のことが少し可哀想になる。不愉快とは、一小動物に抱くには、些か不釣り合いな感情であるように思われる。
 しかしそうは言っても、乗せた頭を払うことなく私にされるがままに膝を貸してくれたり、本を持たない空いた右手で構ってくれたり、つくづく彼という人はよく分からない。

「可愛いでしょ?」
「似合わないからやめるんだな」

 その歯切れの良すぎる物言いに、私も初めこそ多少は傷ついたりなんかして、夜には枕を濡らすような繊細な乙女であったのだけれど、今となってはもう淡々とその言葉達を受け流すことはできるような、味気のない女になってしまった。
 というのも、そうやって私に悪態をつくときに見せる彼の表情が、いつしか私の目にはどこか幸せそうに映るようなってしまったから。その証拠に今だって、先程彼のその眉間に確かに刻まれていた皺は最早完全に取り去られ、差し出した右手が私に弄ばれているのを、うち笑みながら見守って、ただされるがままに応じているのだから。

「真太郎くんの手はいつ見ても綺麗だね」
「当たり前だろう」
「ねえ噛んでいい?」
「意味が分からないのだよ」

 芸術作品のような美しい造形をしたこの手を、まるで猫が猫じゃらしを与えられたかのように安々と堪能することができるなんて、私は何と贅沢な人間なのだろう。私にだけ許されたその特権の味を覚え、一度でも酔い痴れたならば、もう二度と覚めることなんてできなかった。
 恍惚としてその手を眺める私を、もう何度だって目の当たりにしているだろうに、彼は妙なものでも見るかのように私のことを眺めていた。

「美味くはないと思うが」
「食べないよ。噛みつきたいだけなの」

 噛みつきたい。私の願いを彼は拒みはしなかった。嫌なことは嫌だときっぱり口にする彼が、それについて明確に言及せずにやんわりとした物言いをするということは、お許しが出たと解釈をしてもいいのだろうか。
 二度もはっきりとは、私も聞きはしない。彼の見ている前で口を開けて、右手をその前に寄せたり離したりを繰り返して反応を伺う。その間、彼の手が引っ込められたり、私の動きを止めたりすることはなかった。

「……猫のようだな」
「そう?やっぱり嫌い?」
「いや。お前なら、飼ってやらんこともない」
「本当?嬉しい」

 噛み付いた手は確かに、美味しくはなかった。






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13/0224
猫の日に……あげようと……思ってたんです……
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