「今日で地球、滅んじゃうんだよ」

 2012年12月21日。いつも通り昼の終わりを迎えようとしている西の空は、今日も僕と同じ色をしていた。がたんごとんと音を立てながら揺れる電車は、疲れきった僕にとってはまるで揺り籠のようで、足元に感じる暖房の、生暖かい熱風を真面に受けては眠気にも逆らえず、思わず船を漕いでしまう。そんなとき、隣に座る名が、ぽつりと呟いた一言で、僕はハッと目を覚ました。
 名が呟いたのは何てことのない、きょう日世間を騒がせている地球の滅亡についての話だった。今日の晩ご飯はね、みたいなノリで口にする程度にしか、僕達の間で興味を持たれることのない、そんな話。誰も、少なくとも今この電車内で、携帯をいじっている学生や本に目を通すサラリーマンや、車外の景色を見ている親子なんかは真面目に信じていないような、片手間に語られるジョーク染みた、そんな話だった。
 くだらないと一蹴できてしまうような話で目を覚ました僕は少しだけ気恥ずかしくなる。右を向くと名は、存外つまらなそうな顔をして、眠た気に目をこすっていた。それが何だかおかしくて、僕は思わず吹き出してしまった。

「どうしてそんなに、つまらなさそうなんだ?」
「つまらないから」

 当たり前のことを聞かないでよ、とでも名は言いたげだった。それは、尤もなことだけれど、僕が聞きたかったのは勿論そういうことじゃない。

「滅亡、して欲しいのか?」
「とってもね」
「そうか。僕は、して欲しくないかな」

 名には残念なことだけれど、僕はこの世界が気に入っているのだ。もし本当に、今日で世界が終わり、なんてことになったら、きっとすごく悲しくなると思う。
 ビルの向こう側へ太陽は沈んで行く。マヤ文明のあったメキシコは、きっともうすぐ12月21日を迎えるのだろう。もし彼の地の日付が変わった途端、世界が滅ぶなら、日本人は半日くらいは得をしたのだろうか。
 朝起きてから気づいてみると、世界はびっくりするくらいにいつもと変わらなかった。僕はまた一つ、昨日歳をとったけれど特に変わったことは何もない。自分の誕生日も、世界が滅亡する日も、普通に学校に行って授業を受けて、部活をしてこうして電車に揺られながら家へ帰る。少し、勿体無かったかなと思わなくもないけれど、きっとこれでよかったんだと思う。よく、地球が滅亡する日、何をして過ごすかなんて聞かれて、皆それぞれ各々がしたいことを自由に述べているけれど、きっと本当にそんな日を迎えたら、大部分の人は普通の生活をして最後の日を迎えるのだろう。それでいいんだと思う。僕も家へ帰って、温かいご飯を食べながら滅亡を迎えられたら、それ以上に幸せなことはない。

「思い残すことはない?」
「……あるよ」

 だから名の言葉に少し驚いた。地球の滅亡を望みながら、思い残すことがあるままでいるなんて、妙に思わないわけがない。
 その内容を聞こうかと迷っているうちに、電車は彼女の下車駅まで辿り着いてしまったようだ。参った。これでは僕も心残りができてしまう。
 けれど立ち上がる彼女に言葉をかけることもできないまま、名はドアの前へと足早に行ってしまう。何も言えなかった。と言うより、何を言えばいいのか分からなくて、ただ呆然とその様を眺めていた。

「赤司」

 ドアが開いて、下車する人波に紛れた彼女は、やけにはっきりと僕の名を呼んだ。

「また明日ね」

 ホームに降り立った彼女は僕のほうを見て、確かにそう言った。ドアが閉じるのを告げるアナウンスが聞こえ、それに続いて耳を劈くような笛の音がする。彼女はまだこちらを見ていた。ゆっくりと動き出す電車を目で追う彼女から、僕は目が離せなかった。やがて駅から遠ざかると名の姿は見えなくなる。しばらく僕は窓の外をぼうっと眺めていた。車掌のくぐもったアナウンスが耳に届くと、それとは対照的な彼女のはつらつとした言葉が思い出される。
 また明日。地球滅亡を望む名の言葉とは思えないようなそれが、無性におかしくて、西日に向かい思わず目を細めた。






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13/0211
地球滅亡はまだまだこれからだということですが、記念にひとつ
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