銀河鉄道を待っていると言った。ここじゃきっと、無数の有機電流の光に埋れてしまって見つからないから、乗せてもらえないのだろうねと言って、寂しそうに笑っていた。
 俺は意味が分からなかった。と言うよりも、その言葉が意味することなんて、態々分かりたくもなかった、と言うほうが正しいのかもしれない。ふざけんなと言って、いつもみたいに冗談めかして頭を叩いてやろうかとも思ったけれど、とてもじゃないがそれはできなかった。
 微笑みを浮かべるその横顔があまりにも悲しそうで、寂しそうで、美しくて。ただぼんやりと空だけを映すその瞳に、そんな風に俺を無理矢理名の見る世界に割り込ませるのじゃあ、駄目な気がして、どうしていいのか分からず咄嗟に反応ができなかった。自分の知らない、見たことのない顔をする名が、まるで名とは別人のような気がして、とても怖かった。

「意味、わかんねーから」

 本当は、分かっている。分かってしまっていた。引き結んだ唇から絞るように声を出すと、自分でも思っていたよりずっと静かで低い声が出て、それで漸く名に返事をした。けれどそれは最早、名への返事を模った俺の一方的な宣言であり、決意表明に違いなかった。
 ハッとして、やっと俺を瞳に映す名が憎くて仕方なかった。驚くことじゃない。そんな当然のことにまで驚かないでほしい。俺は名がそんな風になってしまったことが、悔しくて、憎らしくて、たまらなく愛おしい。
 黙って悲しそうな顔をして、じっと俺を見つめる名を、俺は何時の間にか本気で睨みつけていたことに気がつく。手の平に食い込む爪の痛さも感じない程に、強く握りしめていた拳は怒りで震えていた。
 今ここで自分が為すべき選択の、どれが最善なのかなんてことはその結果を見ないことには何も分からない。ただ、それでも本当にどうしようもなく、ここで誰かが否定しないと名は本当に今にも忽然とここから消えて行ってしまいそうだという、何の根拠もない、漠然としたただのその直感が、脳内で煩いほどに警鐘を鳴らし続ける。

 宮地は、優しいんだね。痛ましい笑顔を浮かべて消え入りそうにそう呟く彼女の言葉が、冷水のように今度は俺の方を気付かせる。握りしめていた拳をふっと解くと、じんわりと熱が散漫した。
 呪いのような言葉だった。優しいんだね。彼女の声が反響する。自分を、俺を縛り付ける言葉。俺が立ち入るのは許されない、線引きのなされた言葉だった。もちろん名が、そこまで明確に考えているわけではないのだろう。ただ無意識にそうしている。だからこそ尚更許せなかった。
 誰にでも優しくしているわけじゃない。その意味も重みも、伴う責任も知らないで易々と振り撒くなんて、それ程俺は馬鹿じゃないつもりだった。それはきっと名だって分かってる。けれど彼女は、分かっている上で言ったのだ。
 たった一言、お前だからと言えたなら。虚ろに夜空だけを見上げる彼女にそう伝えられたら。確かにそれは自分の都合であることには違いない。だって彼女自身は、銀河鉄道に乗ることを望んでいたのだから。

 彼女のその望みを妨げてまで自分の思いを伝えるのが正しいことなのか、俺にはまだ分からない。でも、そんな大人ぶった理屈や遠慮の交じった損得勘定が、全て頭に浮かぶ余地なんかないほどに、ただ彼女が何処かへ行ってしまうということが許せなかった。
 子供みたいに泣き喚いて、ただ自分の思いを全て吐き出すことで彼女をここに引き留めることができるというのなら、恥も外聞も何もかも喜んで捨ててそうしよう。けれどそんなのは、きっと何の役にも立たないと分かっている。ただ彼女を余計に困らせてしまうだけなのだろう。

 自分は、彼女が銀河鉄道に乗って、誰に会いに行こうとしているのか、それすらも知らない。知ってしまえば俺は、いよいよどうすることもできなくなるのだろう。
 どうすれば、彼女を引き留めることができるのだろう。彼岸の彼方にあるものを、代わりに俺に求めて欲しいだなんて、あまりにおこがましいだろうか。

「俺が、お前がここに残る理由には、」

 なれないのか。最後の言葉までは口にできなかった。水の泡のように突然弾けてしまいそうな名をただ見ていると、何故だか鼻の奥がつんとする。滲む視界に初めて、自分が泣いているということに気がついた。名は笑う。

 切符の代わりに免罪符を頂戴。それは、俺にできることなのだろうか。

「私へくれた言葉の一つ一つを、繋ぎ合わせるの」

 流れ星のように光る彼女の涙の粒が、頬を伝って服に斑点をつくる。全てが流れてしまわないうちに、その涙にそっと、俺は誓う。


夜と夜の隙間を縫って逢いにゆくと誓うよ






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13/0121
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