終わらない恋になれ
いつもの電車、学校までは5駅。歩ける距離だから別に定期はいらないって言ったのだけど、バイトの後の帰りの夜道が心配だから電車を使えと言われて仕方無くそうした。
しかしそれなら電車の駅よりもバスの方が学校の目の前だったのにと言うことに電車定期を作ってから気付いた。
最初の一週間は損だったなあ、と思っていたけど。
いつもの電車、私は2両目。いつも3両目にいる、とても背の高い彼。
何人かの友人と一緒に、周囲から頭が飛び抜けていて、また更にその長身の集団の中からも頭一つ出ている。
同じ大学の有名人、紫原敦。
人一倍大きいくせに、ふわふわとした雰囲気で、なんと学科は製菓だそうだ。ギャップ萌えってやつだろうか、気付けば私は毎朝5駅分の時間、彼を見つめていたし、学校で見掛ければ自然と目が追いかけていた。
けれど。
「紫原くんって、あの紫原くん? 製菓学部でバスケサークルの?」
「う、うん」
「えーっ、止めときなよなめこ! あの人確か彼女居るじゃん!」
「そうそう、すっごい細い子でしょ!? 空き時間とかは大抵一緒に勉強してるもんね」
「う……だ、だよね……やっぱ望み、無いか」
神様は私に優しくない。
実はさっきもその二人とすれ違ってきたところである。歩きながらテキストを開いて、二人でよくわからない事(多分フランス語)を話していた。
仲睦まじいあの様子ではとても割ってはいる隙はないし、そんなことをする勇気は無い。
それでも私はやっぱり馬鹿みたいにいつもの2両目から、3両目の彼をこっそり盗み見ている日々だった。
の、だけど。
「おはよ」
「うぇ……っ!?」
いつも私が座る座席に、彼がいて。周りにはいつもの友人達はいなくて、しかも。
「座る?」
「えっあっ、あり、がとう」
もう一人分、座席を埋めていた荷物を膝の上にズラして。
断るのも出来なくて、混乱する頭で恐る恐る従った。
なんだ、これはいったいどういう事か。
「法学部の一年エリンギなめこ」
「っ!」
「俺の友達の女の子にね、調べて貰った。そういうの得意な子がいるからさ。で、エリンギさん」
「は、はい」
「バレバレだよ。毎日こっから俺の事見てたでしょ」
甘い飴をがりごりと噛み砕きながら紫原は笑う。
どうしよう、なんだ、彼の思惑は何だ?
ていうか、なんか、違う。
例えば友人達と一緒だったり、一人だったり、彼女さんと一緒だったりする、いつも見てる彼と、違う気がする。
「あ、あの、私」
混乱の余りしどろもどろになる私をちらりと流し目で見て。
「怖い?」
くすりと笑った。
「お菓子好きで製菓学科行ってってしてるだけでみんな勘違いしてるんだけどね、俺はそんなにふわふわした奴じゃないよ」
「む、紫原く」
「ああ、やっぱり俺のこと知ってたね」
また、笑う。
大学まであと一駅だ。
「あとね、ここ最近毎日あんたと電車が被ってんのは、偶然じゃないよ」
「え」
「それと何を勘違いしてんだか知らないけどあのやたら細い子は彼女じゃない」
「え」
「あの電車で学校行って帰るとすげー時間余っちゃうから、どうせならって事で一緒に勉強してるだけだし」
「あの」
「あ、着いた」
すっと立ち上がった彼に、自分も慌てて立ち上がる。
大きな背中に引きつけられるようにホームに降りて、ぐちゃぐちゃの頭をなんとか整理しようとしていたら、紫原が振り向いて。
「学校まで、一緒行く?」
へらりと笑ってそう言った。
混乱した頭ではなにを考えられるわけもなく。
私は小さく、頷いた。