その笑顔は反則だから
「及川ってさあ、学外に彼女居んの?」
「……はぁ?」
大学の図書館で、たまたま正面に座っていた同じゼミの女子に言われた言葉に、思わず間抜けな声を返した。
自慢じゃないけど女の子に騒がれるのなんて慣れているし、大学でも全然面識のない子に親しげに話しかけられたりもするけど。
まさか百人中百人が俺に好意を抱いてくれるわけじゃないし、嫌悪されなくても興味を持たれなかったりする事だってある。
つまり今俺に話しかけてきた同じゼミの女子は後者のタイプで、ついでに言えば恋人持ちだ。
「なに、いきなり」
「女子に騒がれても当たり障り無く返すだけで誰に靡く訳じゃ無さそうだし、合コンとかの誘い全然受けないみたいだし、あとは……雰囲気的に?」
「なにそれ……」
「まあまあ。で?」
「ああ、彼女? 居るよ。お察しの通り学外にね」
教科書を捲りながら答えた言葉に、今度は彼女がきょとんとした。言われたことに素直に頷いたというのに、なんて心外な反応だろうか。
「意外。隠してるんだと思ってた」
結局、なんで彼女がそんな話を振ってきたのかというのは、先日俺と知らない女子―なめこの事だ―が、一緒に歩いているのを見たから、らしい。
別に言い触らすことでもないから、誰にも聞かれない限り言わなかっただけだ。隠しちゃいないし、そんな必要もないし。
「徹、徹」
「あれ、なめこ。なんだ、来てたの?」
「うん。ちょうど今おばさんと入れ違いで。お買い物に出掛けちゃったよ」
「そ……。なに、どしたの」
自然に自由に家を行き来するなんてこと、幼馴染みの間柄ならそんなの珍しくもなんともないっていうのに。
一体なんだと言うんだろう。
前と変わらない彼女の方か、妙に身構えてしまう俺の方なのか、端から見て加わってしまった恋人という関係性に相応しくないのは一体どっちだろう。
勝手知ったる俺の部屋に入ってきては、握り締めた封筒を机に置いた。そういえば、何故か制服のまま。
「見て。私、推薦を貰えたの」
「え……」
その封筒は俺もよく知っている。去年俺が受け取ったのと、全く同じ封筒だ。
「お前、これ」
「勘違いしないでよ。私だって徹が居るだけで進路決めるほど馬鹿じゃないんだから。学部とか、学費とか、家からの距離とかも色々吟味した結果なの」
信じられない面持ちでなめこを見る俺に、何故か呆れかえった顔で言われた。それから、でもね、と。
「最終的にここにした理由の一つではあるよ。やっぱり落ち着くし、同じ所に通うなんて、今しかできないでしょ」
なんて、笑った。
ああ、まったく。なんて心臓に悪い奴なんだ。
「……はあ」
「? なによ」
「べっつに。かなわないよホント」
しかしそれが満更でもないというのだから、本当にどうかしている。