⇒匿名希望様
「おーっ! 結構広いんだ!」
「確かに、屋内にしちゃ広いな」
駅前で割引券をばらまいていた、出来たばかりらしい屋内プール。
なんとなく(多少の下心はあったけど)誘ったら、最初は渋ったものの、従姉が水着くれたから行こう! と、かなり乗り気な返事が返ってきた。
そうして黒尾は今、エリンギとプールに来ていたわけ、だが。
「(失敗した気がする……)」
プールサイドに肘をつきながら、ぼんやりそう思った。
そんな黒尾の内心を知るはずもなく、エリンギはバシャンと入ったばかりの水から上がり。
「黒尾ー、ボールと浮き輪レンタルしてる! どっちか借りよー」
「あー……じゃあボール」
「オッケー!」
エリンギは、身長が規格外にあるだけでスタイルは悪くない。むしろ良い方だろう。
殆ど下着姿と大差ない水着姿で、ペタペタと小走りにレンタルのある売店のコーナーに向かうエリンギを見送るのは、黒尾だけでは無かった。
身長だけでなく胸のサイズも規格外なので、ちょっと動くだけで揺れるし、街を歩いている時でさえ男も女も振り返る人がいる、のに。
「借りてきたよー。ん? 黒尾、どうかした?」
「いや別に……」
本人にそう言う自覚が無いのが、黒尾の目下一番の悩みであった。
ボールを黒尾に渡してからまたプールに入ったエリンギは、身長とプールサイド側が少し浅いのが相まって、水面から惜しげ無くその規格外の胸が突き出ていた。
「エリンギさあ、なんで水着こんな原色なんだよ」
「グアム島のお土産だからじゃない? 外国製品なの。似合わない?」
「……そうじゃねえけど。目がいてーよ」
「慣れて!」
にかっと笑って言ったエリンギはいっそ憎たらしいくらいいつも通りだ。
あっちの空いたとこに行こう、と真ん中の当たりにザバザバと移動して行くエリンギに、黒尾は言いたい事はいくつもある。
サイズはピッタリだけど、水着のラインが妙に際どい事とか、トップスの紐は解けないように結んであるのかとか、水着の上から着れる上着的なものは無いのかとか、つまりはそう言ったことを。正直色なんてどうでもいい事だった。
「黒尾ー! 早く! ボール投げて!」
が、本人が気にしてもいないような事を言ったところで、結局いつも通り流されるだけだろう。
だから結局、やっぱり黒尾が1人でモヤモヤしているしか無いわけで、ずっとモヤモヤしているくらいなら、エリンギに合わせて同じテンションでハシャいだ方がずっと良い。
「よっ! あ」
「ばーか、へたくそ。オーバーはこうすんだよ」
「うるさーい! 元バレー部と一緒にしないでよね!」
そうして延々ボールを投げ合って遊びながら、プールでの時間は過ぎていった。
「ダリー……水ん中疲れるわやっぱ」
「服着てんのが超暑いんだけど」
「裸族発言かよ。脱ぐなよ」
「脱がねーよ。あ、アイス食べよ」
「おー」
しこたまプールでハシャいだ後、自販機のアイスを食べて歩く帰り道で。
「プールとかすごい久々で今日ハシャぎ過ぎたー。水着買ってくれた従姉に感謝だわ」
「あー……お前水着無かったのか」
「うん。もう5年くらいは学校指定のやつしか無くてねーあれは言わば特注品だからさぁ」
「まあ、作らねえと授業出れねえからな」
「ね。だから今日久々プールで遊んで楽しかった! そのうちまた行こー」
「……そのうちな」
本音を言えばあんなにもやもやするようなところにはなるべく行きたくないところではあるのだけど。言葉通り、彼女が嬉しそうにそう言うのでは、首を横に振るなんてのは、黒尾には到底無理な話だったのである。