⇒日向様
青葉城西男子バレー部の一、二年生達は時折微かな噂を聞いていた。
それは三年生のスタメン三人にまつわるもので、内容は共通してある女子と付き合っているのではないかという話。
そのとある女子は一人だけで、誰かは岩泉がと言うし、別の誰かは松川だと言うかと思えばまた別の誰かは花巻だと言う。
いつの間にかそれは後輩達の余興になるくらい、意見が分裂していた。
さて、そのとある女子。エリンギなめこは、補習のために放課後少し居残った後。さっさと帰ろうかとしていた。
一方男子バレー部レギュラー達は部室でミーティングのみを済ませて、同じく帰ろうとしていて。
「あ」
「あ、エリンギちゃん」
遭遇した。同じ門から出るのだからまあ珍しい事ではなかったのだが。
「あ、岩泉さんの」
「松川さんの」
「花巻さんの」
一体誰が言ったか、誰かが声を揃えて言った。
名前を呼ばれた三人もぽかんとして、エリンギも首を傾げた。
「えっなに? 私岩泉とか松川とか花巻になんかしたっけ?」
「セクハラなら毎日受けてるけど」
「ちょっと花巻誤報流すなよ」
「誤報じゃないし」
わけがわからないままではあったが、いつものようにやいやいと五人で言い合うと、そわそわしていた矢巾が耐えかねたように口を開いた。
「あの、先輩って誰かと付き合ってたりするんスか? 結構誰と付き合ってるかとか話が流れてくるんスけど……」
「はああ? ……あー、さっきのはそう言う」
はいはいと納得して無い無い、と手をブンブン振った。
「その手の話は全部デマだよ。……えー、あっわかった矢巾くんだ!」
「えっ、あっ、ハイ」
「仲は悪くないけどね。こいつらの彼女とか絶対ヤダ」
「俺も嫌だ」
「エリンギはねえな」
「断固拒否だ」
「お前らほんと失礼だな」
「先に言ったのエリンギじゃん」
軽く叩き合ったり軽口を言い合ったりと、そこに男女間の遠慮は微塵もない。
この距離感ならどこから誤解が生まれても仕方ない事だなと誰もが思った。
特有の空気に後輩達が動けないでいると、徐に振り向いたエリンギがぐるりと後輩達を見回した。
「ふーん……後輩くん達近くで見るの初めてだけど、みんなおっきいんだ。あいつらとあんま変わんないんだね。特にえーと、あっ、金田一くん!」
「えっ、ハイ」
まじまじと見回していたエリンギに突然名前を呼ばれ、予期せぬ事に跳ねるように金田一が応えた。
彼の困惑を知ってか知らずか、ちょろちょろと近づいていって、ぐっと見上げる。
「うおでっけ……! え、金田一くん一番でかいよね? 一年だっけ?」
「は、はい」
「ほー……190くらい?」
「春にはまだ90はなかったですけど……だいたいは」
「へー……すげー。えーと、金田一くんの隣の君は確か国見くんだよね」
「はい」
「君の名前は一番に覚えてたよ。溝口サンが毎日叫んでたし」
「あー……まあ」
けたけた笑いながら言ったエリンギのセリフに、何人かがぐっと笑いをこらえた。
金田一も例外ではなくて、肩を震わせた瞬間にエリンギには見えない足元で報復を食らった。
「てめ……っ」
「? それにしてもまあ個性的だよね男子バレー部」
「エリンギちゃんほどじゃないデショ」
「あんたにだけは言われたくなかったんですけど」
バッシンと及川の背中を叩いてから、それじゃあ私帰るから、またねと手を振って歩いて行く後ろ姿を見ながら。
「またねっていうか……」
「俺達も今から帰るんだけど」
「帰り道途中まで一緒なんだけどなあ」
「相変わらずボケボケしてんな」
バレー部も学校から出て行きながら、ぼそりと呟いた。