⇒ちはや様
納得がいかない。
何故、何故放課後になった今も私は渡す相手のハッキリしているバレンタインのチョコレートを握っているのか。
何故、私がチョコレートを渡す筈の相手は今既にチョコレートをもりもり食べているのか。
2月14日。今日はバレンタインなのに。
私はいわゆるリア充に分類される筈なのに。
「……今日は、やけにチョコレートのお菓子多いんだね?」
「あー、うんそーなんだよね。なんか寝てるときにクラスの女の子が机に積み上げてて、くれた」
「……へぇ、おモテになること」
わかってるけど。彼がお菓子が好きだから配ってるだけって、知ってるけど。
でもやっぱり中には、その中に気持ちを紛れ込ませてる子だっているんじゃないかとか、さあ。
「エリちんも食べる?」
「……はぁ? 食べるわけ無いじゃん」
「うわっ、怖っ。なに? なんでそんな機嫌わりーの今日」
どこに向ければいいのかわからずにいたもやもやが、意味わかんないし、と言った紫原への苛立ちに変わった。
「紫原が貰ったチョコなんか私が食べるわけにいかないでしょ! そんな酷い女じゃないし!」
「はあ? なんなの? 今日のエリちん意味わかんないんだけど」
また、あまり鋭いわけでも察しのいいわけでもなにより短気で気分屋な紫原がそんな苛立ちをぶつけられて平静なままでいるはずがなく。
寄せられた眉根や鋭くなる目つきに易々と不機嫌を読みとれたが、そんなのはこちらも同じだった。
朝からずっとタイミングを伺っていた筈の包みを振りかぶって。
「あんたがケーキ作ってこいっつったんだろ〜〜〜がァ!!」
思いっきり紫原に叩きつけた。
今日だっけ?忘れてた
バシンと音だけは大きく、だけどもケーキの包みはしっかりと紫原の大きな手にキャッチされていた。
さっきまでの不機嫌顔はどこへやら、紫原はキョトンとしてから、不意に携帯をいじってあ、と緩すぎる声を上げた。
彼は全てを理解したし、私も知りたくなかった事実を理解した。
がっくりとうなだれていた私を、途端に親に叱られた子供みたいな顔になった紫原が覗き込む。
「……怒ってた?」
「……もーいいです」
よくよく考えれば、紫原がクラスメートから餌付けのようにお菓子を貰うのは今始まったことではない。毎日行われていることで、私は普段それにまで目くじらを立てるほど器は狭くないので。
つまりはいつもの事だったのだ。
お菓子を貰うのもそれを食べているのも、私にわけようとしてくれたのも。
あの紫原がお菓子を分け与えるなんて珍しい事で、私はそれを日常的に受けているくらいには蔑ろになんてされていないのだ。
「エリちんあのさ」
「なーに」
「俺、今日がバレンタインとか忘れてたけど、ちゃんと覚えてたよ」
「日本語変だよ」
「変じゃねーし。いいのこれで。エリちんがケーキ作ってくれるって言ったから、楽しみにしてたよ」
「……心して食えよ」
「なにそれ」
ケラケラ笑う紫原に絆されたと感じながらも、まあいいか、と。
ケーキの包みを開ける彼を見て小さく息をついた。