⇒日向様

 


2月に入って二週間。そこには青春するにはやはり欠かせない行事が待っている。

「と言うわけで、エリンギちゃん。俺これがいいなあ。このガナッシュ」
「……あ、そう。他の子に作って貰ったら?」
「えーっ? エリンギちゃんのがいいんだよ!」
「て言うか人のレシピ本を勝手に見るなよ」

じっと眺めていたレシピ本を取られて(といっても彼女の私物なんだけど)ぱこんと背表紙を頭に落とされた。地味に痛い。

「カンタン☆チョコレートのお菓子」と銘うたれたそのレシピ本をパラパラと開いて、あるページをみて盛大に顔を歪めた。

「なに勝手に付箋はっつけてんのよバカ!」
「うへぺろ」
「岩泉の気持ちがよく判った、ぶん殴る」
「ヤメテ角はシャレにならないから!」

レシピ本を振りかぶった彼女に頭を守るように腕を伸ばして抗議をした。
はあ、と深い溜め息をついて。

「どーせ他の子達から沢山貰うでしょ」
「エリンギちゃんヤキモチ?」
「あー……そう聞こえたならそれでいいや、うん、そうそうヤキモチ」
「やめて否定されるより傷付いた」

毎日毎日調子のんなっつーの、と相変わらずのテンションで言われた言葉に唇を尖らせた。

そうして迎えた14日。
校内は甘い匂いで埋め尽くされて、俺の机にはチョコの山。
嬉しいけど、ほんとに貰いたい人から貰えないのはかなしー、なんて、言ってみたりして。
友達に作ったお菓子を配って笑うエリンギを見て、小さく溜め息をついた。

「及川」
「なーにエリンギちゃん。アッ、俺にガナッシュ? うれしーぶふっ」
「聞けよ話を」

遠慮無く話を遮り顔面にぶつけられたそれをキャッチ。
改めて見ればそれは、彼女が友人達に配っていたのと同じもので。

「余ったからあげる。ガナッシュじゃないし、いらないなら私自分で食べるから返してくれていいよ」

いつもと同じ顔。同じ声。同じ態度。みんなと同じ中身に同じラッピング。
なるほど彼女の言うとおり、特別用意されたわけではなく、予定不調和に出てしまった余り物だ。

 明らかに義理。でも嬉しい。

「……貰う。ありがとう」
「そ。口に合わなくても文句は受け付けないから」

俺に渡すつもりなんか最初からは無くって、用意も予定も無くって。
だけどそれでも予定不調和な義理の行き先の第一候補に、俺が居るのは嬉しいことだ。

 



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