⇒未栄様

 


聖バレンタインデー。聖バレンティヌスとかなんとか、仏教国家な日本ではそれはあんまり関係無い。
単純な製菓会社の政策だ。

しかし、かく言う私も、そんな政策にハマってしまった一人である。

如何せん、目標のレベルは難易度MAXで。
あんまりチョコレート菓子を食べるのはNGだろうと思ってチョコレート自体は小粒なのを三つと、ずるいかなと思ったがあとはスポーツタオルという物で嵩増しをした。

したけれど。

「黄瀬くん見つけた?」
「まだ〜、全然見つかんない!」
「もー、どこ言っちゃったんだろう。せっかく学校一緒なんだから直接渡したいのに!」
「三年の先輩のとこ見た?」
「ダメ、居なかった」

あの中に混ざる勇気も度胸も気力も無かった。

目標、黄瀬涼太。

ちらほらと見かける度、彼は何人もの女の子に囲まれてはチョコレートを押し付けられて逃げて、また見つかって囲まれて、なんて無限ループの鬼ごっこを繰り返している。
まだ二限が終わったばかりだけどそんな光景は5回は見た。

私はと言えば、帰るまでに渡せたらいいや、と。
時間が経つに連れて思考はどんどん逃げ腰になっていった。

 渡すタイミングは、まだ…まだ…まだ……

「放課後じゃん笑える」

一人残った放課後の教室で呟いた。

笑えない。スポーツタオルって実は安くない。ブランドこだわると全然安くない。タオルの癖にふざけんなって思う。これの為にバイトしたのに。
ちなみに自分で使うのは嫌だ。自分の為にこんな高いタオル揃えたくなかったし。私の敗北史そのものである。手元に置いときたくない。

「チョコレートは食べれば証拠隠滅になるかな……」

カサカサとつつみを開けて、一粒つまんで口に入れた。もぎゅもぎゅと咀嚼する。美味しい。
オレンジピールを使ったのは中々よかったなあと自画自賛。しかし、同時に結構食べる人を選ぶものなので、渡せなくてよかったかも知れないと思った。

ごくんと飲み込んで、もうひとつ、とチョコレートを口に入れると、ガラッと教室が開いて。

「やっと撒い……あーーーっ!?」
「んぐっ!?」

ごっくん、と。
突然の大声と、その声の主を悟った驚きで思わずろくにかんでないチョコを飲み込んでしまった。

チョコレートの塊が食道を通過していく感覚に眉をひそめている場合ではない。
今、教室に入ってきたのは。

「きっ、黄瀬くん……?」
「エリンギさん、まだ、居たの?」
「うん……ていうか、黄瀬くんこそ……」
「や、えと、俺はその、まあ逃げてたって言うか」

もにょもにょとはっきりしない言葉を吐きながら、ちょこちょこと彼は近付いてきた。
そして、何故かほう、と息を吐いた。小声でなにか呟いたような気がしたけれど生憎聞き取れなかった。

「エリンギさん、それ自分用?」
「……に、見える?」
「あんまし」
「つまりそうだよ」
「ふ、られたの?」
「突き刺さる言葉をありがとう。残念だけど告白すらしてないよ」
「ふうん……しないの?」
「見たら判るでしょ? 既に自分でチョコ広げちゃってるよ私」

随分グイグイくるなあ、と。
そうして答えるうちに、今更ながらに普通に彼と言葉を交わしていることに気付いた。
いつもの私なら絶対無理なのに。一度開き直ったからだろうか。

最後の一粒、食べてしまおうとつまんだところで。

「エリンギさん」
「なに、黄瀬くん」
「それ、俺にちょうだい?」
「は?」
「あのね、ごめん」
「え?」
「今からちょっと懺悔するから、そのチョコちょうだい」
「……先に喋って」
「うん」

少し前に君がお姉さんと電話してんの聞いちゃったんだよね。バイトしたお金で俺にタオル選んでくれたのとか、チョコレートもあんま負担になんないようにって考えてくれてたのとか。盗み聞きする気はなかったですごめんなさい。

なにそれ。
めちゃくちゃ恥ずかしいじゃん私。
すました顔して喋ってたのが嘘みたいに恥ずかしくなってきた。

「あとね、俺、そう言うの目の前で意図せず聞かされると、実は結構グッと来るタイプです」
「えっ……!」
「エリンギさんがまだいたのがすげー嬉しかったし、なのに自分でチョコ食ってて超ビビったし、けど一個残っててマジでよかった……」
「えと、あの」
「……それ、俺にくれる?」
「よ、よろしければ……」

上目使いなんてあざとい動作に、一粒しか残っていないチョコレートとタオルの包みをおずおずと差し出せば、ぶはっと彼は吹き出した。

実は混乱しすぎてよくわかっていないのだけど、チョコとタオルはどうやら無駄にならずにすんだようです。


 



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