⇒千明様

 


ボウルの中でかき混ぜられる茶色の液体になったものが、ちゃぷんと揺れた。
ざわめく教室の隅、がらりと窓を開けて首を出した。

「あー……チョコくせえ」
「おいエリンギさみーだろ窓開けんなよ!」
「こんな甘ったるい匂い嗅ぎ続けたら鼻が馬鹿になるわ俺吐きそう」
「ていうかエリンギくん戻ってきて! 桃井くんが調理に参加しようとしてるから!」
「……はいはい」

まるで死刑宣告のような同じ班の女子に泣きつかれて、渋々窓を閉めて調理台に戻った。

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「桃井。お前は頼むから洗うか出すか以外にものに触れるな極力」
「なんで!? 俺流石にそこまでポイズンクッキングな腕の持ち主じゃないもん!」
「うるせー、もんとか言ってんなよお前のアレンジが入ったら同じ班の俺らもおもっきし点数下げられんだろが」

エリンギの言葉に班員は必死の表情でこくこくと頷いた。

せっかくだから、と言って調理実習を企画した家庭科教諭をエリンギはこの瞬間だけ全力で恨みたかった。
チョコレートを使ったお菓子にしましょう。なにを作るのか、レシピの用意なども自分達で決めて下さいね。せっかく学年最後の実習ですから、楽しくやりましょう。

それが、多分一月くらい前の家庭科教諭のありがたいお言葉だった。

「レシピ調べてきたの俺なのに……」
「ご苦労さん。残るお前の仕事は皿洗いだ。ほらよ」
「作ってテッちゃんに逆チョコしようと思ってたのに!」
「黒子死ぬぞ」

ぎゃあぎゃあと喚きながらも、桃井はしゃかしゃかと泡立てたスポンジで皿を擦っていた。

他の班の調理台から、エリンギくんちょっといいかなー、と声が掛かった。
レシピを見て、同じ班の面子に少し指示を出してから呼ばれた方に行った。

「なに」
「ごめんね班が違うのに。でもエリンギくん上手だから」
「別にいいよ。んで、どうかした?」
「メレンゲなんだけど……」

どうやら中々角が立たないメレンゲに難航しているようだったので、氷水をあてて冷やしながらやるといい、と教えてやって。
それから戻ろうとすれば別の台に捕まってまたそこでもあれこれ聞かれて。
それをポカンと眺める桃井が、ぼそりと零した。

「……なんかエリンギくん人気者じゃん」

その後、実習が終わった後、先程の師事の礼だと言って、各調理台にいた女子達から各々のお菓子をお裾分けしてもらって引きつった顔のエリンギを見て、桃井が爆笑するのは、昼休みの話である。


 



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