9月初日、晴れ




ふわりと甘い生地の焼ける音、それから甘酸っぱい果実と、ほのかにシナモンの匂い。
ぎしりとベッドが軋んだような感覚に誘われるようにうっすらとまぶたを持ち上げる、と。

「おっ起きた。おはよ研磨」
「……なめこ?」
「あ、寝ぼけてるな。昨日来たでしょ。夕飯も一緒に食べたじゃない」

そう言えばそうだった。
今日から9月、なめこがうちに滞在する期間だったのだ。

「おじさまももうすぐ帰るっておばさまに聞いたから。それと、匂いわかる? アップルパイ焼いたの。そろそろ焼ける頃だから起こしに来たのよ」
「ん……ありがと」
「せっかくだから1番美味しい時に食べてよね〜。私クロ呼びに行くから、帰ってくるまでには起きといてよ!」
「うん」

朝早くから元気な幼馴染みと話している間に自然と眠気も覚めてしまったから、多分二度寝もなかなか出来そうにない。
言い付けられて頷いた通り、彼女が部屋を出て少ししてから、名残惜しくもベッドから身体を起こした。

「ふあ……おはよ」
「あらおはよう研磨。お父さんが帰る前に起きるなんて珍しいわね」
「……そう?」
「そうよ〜。お父さんいつも寂しがってるんだから」

やっぱりなめこちゃんが来ると違うわね、なんて言いながら上機嫌で紅茶の準備をする母の背中に微妙な視線を送りながら。
擦り寄ってきた愛猫を膝の上に抱き上げた。

「おはよーございまーす」
「ただいま〜!」
「お帰りなさいなめこちゃん、鉄郎くんもいらっしゃい!」
「朝からすんません」
「いいのよ〜! 二人が来ると研磨も元気がいいもの」
「なに研磨ほんと?」
「知らない」

少なくとも、クロが一人でこんな時間に来たって寝てるなとは思いながら。
当たり前のように俺の両隣に座って、母が紅茶と焼きあがったアップルパイを切ったのを並べてくれるのを待った。

いただきます、と温かいアップルパイにさくりと歯を立てる。
サイコロ大の林檎はまだ少しシャクシャクした歯応えが残っていて、シナモンの匂い。
さっくりしたパイも自分好みに焼き上がっている。

「どう? 研磨。お味は」
「……美味しいよ」
「よかった〜! 朝から頑張った甲斐あったわ!」
「なんか、毎年上達してるね」
「毎年研磨の好みに合わせて頑張ってるからね」
「俺もっとジャムがドロってしてる方がいいでーす」
「クロの好みは聞いてないもんね」
「ひでえなこの差」

好みの濃さに抽出した紅茶も、好みの通りに作られたパイも美味しかったけど、とりあえず朝から俺を挟んでぎゃあぎゃあ言うのはやめて欲しい。
もさもさとパイを咀嚼して紅茶を飲み下しながら、ただ心底そう思っていた。





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