8月某日、晴れ




思わず声に反応して振り向いたんだろう、はしまきを咥えたまま振り向いたなめこの表情が、凍りついた。

「ほら、ほら! あたしの言った通りじゃん!」
「マジ? 国見!?」
「すっげー、久しぶり!」
「祭り来てたんだ!」
「あー……まあ、うん」
「あいっかわらずリアクションうっすいな〜」

男子と女子の入り混じった何人かの同年代のグループ。
女子は殆ど化粧でわからないが、なんとなく見覚えのある男子と、彼らが口々に久しぶりと言うので、多分小学校の同級生達だろう。

わらわらと寄ってきてはやたら楽しそうに絡んでくるそいつらに、なめこはぎこちない表情のままそそくさと俺の後ろに隠れるように移動した。

当然それに気付かないはずもなくさらに興奮した様子で主に女子がまくしたてる。

「うわーっ、なにもしかして国見彼女!?」
「意外ー! 地元の子? それとも学校の子?」
「確かなんかどっか全寮制の学校だったよな?」
「へー、そうなの?」
「中学から全然見なかったもんね〜」

俺が何か言おうが言うまいが好き勝手盛り上がる面々に早くも疲れる。大体顔も名前も一致しないどころか殆ど覚えてないような連中である。
早々に飽きて散って欲しかったのだが。

「あっ!?」
「っなめこ!」

幼馴染みの辛抱が切れる方が早く、背中に張り付いていたなめこが人混みの中に走り去ってしまう。

くそ、余計な面倒増やしやがって。

石段に置いていたパーカーやら飲み物やらを引っつかんで追い掛けるべく地面を蹴る。当の連中は人見知りかな、悪いことしたなあなんてちっとも思ってなさそうな声色でふざけ合っているのが背後から聞こえて、余計に苛立ちが増した。

(どこ行った……)

人混みを掻き分けて紫陽花の浴衣を探す。
けれども花火の時間が近づきつつあるせいもあり中々見つからない。
流れる汗をグッと拭った時、視界の端、人混みの隙間に紫陽花を垣間見て無理矢理そちらへ足を進めた。

いた。

「……なめこ」
「っ……!」
「いきなり走り出すな。……あいつらは、さすがに来てねえよ」

びくりと大袈裟とも思える程に肩を揺らして振り向いた。
その表情は、まだ強張っていた。

「ご、めん。でも」
「……わかってるよ。ほら、ラムネ」
「ん……」

なめこは(というかまあ正直俺も)、小学校時代にはいい思い出がない。マグル界に居ながら魔力を持つ俺たちはなんとも中途半端な存在で、なにを浸っているのかと思われるかもしれないが、正直生き辛いのだ。

「……なんでお前がそんな顔すんの」
「だっ、て。信じらんない。あの子達は、あんたのこと、虐めてたんだよ」
「たった半年くらいだろ」
「シカトだっていじめだよ」
「俺はそれで快適に過ごしてたから別に」
「そんな問題じゃないでしょう! なんであんな、さも仲良かったかのように、できるの……?」
「さーな、虐めとか記憶にないんだろ」

この幼馴染みは、今年の春まで俺が魔法学校に通うことを知らなかった。だからそれまで……いや、多分今も、昔のことは全て自分の所為だと思っている。

率直に言えば、俺も彼女もそれぞれに異質な所為でいじめられっ子というやつだった。
俺の場合は先に言った通り、半年ほどあからさまないじめがあった。が、俺が意に介さないばかりか、隠された私物もすぐに難なく見つけ出したことで面白味を見出せなくなったらしく、徹底的に俺の存在をシカトするだけになっていた。そしてこれも言った通り、俺はそれで快適だった。自分が異質なことを理解すればさほど苦痛なことではなかった。
誰かに合わせてやるなんてのはもとよりあまり得意な質じゃない。

だから俺には何てことなかったのだが、幼馴染みは俺の同級生達に嫌悪感を丸出しにしている。当然、俺をいじめていた、という理由で。

「……お人好し」
「違うし」
「あ」
「あっ!?」

唇を尖らせた彼女の背後に広がる空、暗い星空の中に大きな音とともに花が咲いてあたりが明るく光る。

「花火! 始まった! 見えないけど!」
「場所移動すっか?」
「うん、あっちが多分見やす……いっ!?」
「なに」

一転して興奮し始めた幼馴染みが一歩、細い道へ踏み出した瞬間。
短い悲鳴とともにしゃがみ込んで。

「……親指と人指し指の間、擦った。両方」
「……履き慣れてないのに走るからだ馬鹿」
「私悪くない」
「杖は?」
「持って来てない」
「歩けんの?」
「……もうここで高く上がるやつだけ見るからいいです」

また不満気に尖らせた唇からふて腐れた声を出して空を仰ぐ幼馴染みに、溜息をついて。
今日だけだからな、と呟いて彼女の前にしゃがむ。

「……英?」
「どうせ帰るまでに歩けるようになるわけじゃねえだろ」
「うん、無理」
「裸足で歩いて帰らないだろ」
「鬼畜かよ」
「だからおぶってやるっつってんだろ早く乗れ」
「……ありがと」

遠慮がちに首の前に回された腕と背中にのし掛かった重みを確認して立ち上がる。
それから彼女の足に引っかかったままの下駄を片方ずつ外して右手の人指し指と中指に引っ掛けた。

「英、なんかあんた今日イケメンだね」
「落とすぞ」
「褒めたのに!」
「お前思ったより重い。もうこれ帰るから帰りながら花火見て」
「えーっ!? マジかよ!」

宣言通り家の方に向かって足を進める。
しかし頭の上からする抗議が面倒なので、仕方なく回り道で遠回りする。そうしたら、花火が正面に見えるから。

「おー、きれー」
「はあ……お前今度塩キャラメル買ってこいよ。高いやつ」
「ハイハイいいよー。今私機嫌良いから」
「買うまでその機嫌持続させろよ」
「任せろ」
「はあ……」

軽口を言い合いながら、歩いてずり落ちてきたなめこを揺すって持ち上げる。

出会った頃は、確か彼女の方が背が高かった。
彼女が魔法学校に行く前は、同じくらいだった。
春、再会した彼女は、中学の頃に体が軋むほどの成長痛に悩まされた俺よりも、すっかり小さくなっていた。

背中にある細い身体が心許なくて、支える腕に少しだけ力を込めた。





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