8月某日、晴れ
魔法史のレポート中、ドタドタと勢い良く階段を駆け上がる音と、その衝撃にインクの瓶が微かに揺れた。
羊皮紙から顔を上げて部屋の扉をじっと見つめると、やはり無遠慮に開け放たれて。
「あーきら!」
「今日はなんだよ」
「浴衣着てお祭り行こ! 今日お祭りなんだって! 花火!」
「ふーん。行ってらっしゃい」
「いーじゃんよぉ〜おじさんが浴衣かしてくれるって言ってるからさ〜。あっ私が着せてあげよっか?」
「いらん」
なぜか早くも浴衣らしきものを胸に抱えている幼馴染にため息を禁じ得ない。
先日はコンビニに出掛けて雨に降られ、その前はプールに連れ出され、次は夏祭り。
「なんなのお前じっとしてられないの?」
「無理だね! マグルの夏満喫したいもん!」
即答である。
昔はここまで無駄に活動的でもなかったような気がするのだが、そんなことを内心ぼやいたところでなめこの決意も鈍るまい。
多分、自分が折れるのが一番めんどくさくないんだろうなと、諦めが早くなって来た節があるのは否めないところだ。
「浴衣着なくていいなら行く」
「えー……私だけ浴衣?」
「別に着なくていいけど?」
「いや私は着たいの!」
「着りゃいいじゃん。別に珍しくねえだろ」
「ちぇー……じゃあ着替えてくるから寝るなよー」
「は、ちょ、なめこ」
ばたんと閉まった扉に、その向こうから聞こえる階段を駆け下りる足音。
呼び掛けは完全に無視され、ベランダで隣あった部屋の窓に人影が映る。
恐る恐る部屋の壁掛け時計を確認した。
「今から準備して出掛けんのかよ……」
文字盤は確かに、まだまだ明るい、15時13分を指していた。