黄瀬とロングヘアの女の子
「きっせ〜」
「……まあたッスかなめこっち」
「へっへー、いいじゃんお願い」
「はいはい」
ボサッとなった髪を括っていたゴムをばさりとほどくと、その風がふわりと薔薇に似た香りを運んできた。
それは前に、姉が使って気に入っていた、と彼女に零したシャンプーの香り。
なめことは、確か廊下の隅にある鏡の前で何度か会って、話すようになった。
その時は、直らない寝癖に手を焼いていたのを見かねて、代わりにピンを留めてあげたのだ。
そんなことが重なって、とうとう彼女はいつの間にか、体育のあとの休み時間、必ずうちのクラスに顔を出してはへらりと笑いかけてくるようになった。
シンプルないくつかのヘアアクセと、鏡とコームを持って。
「黄瀬ほんと上手〜器用だね、羨ましい」
「まあ何度も言うけど、メイクさんの真似とか姉貴の真似してるだけッスよ。まあ、多少姉貴に鍛えられたけど」
「やらされてる当たりがやっぱりお姉ちゃんには逆らえないんだね」
「弟は姉ちゃんには逆らえない生き物なんスよ。で、今日どーすんの?」
少し癖のついた猫毛にコームを通しながら、訊ねたら。
うーん、と少し悩んでから。
「ちょっと編み込みしてハーフアップとか、出来る?」
「おおう……ま、やってみるッス」
髪をわけて、せっせと指先を動かして。
絡まないように弛まないように注意しながら、サイドを綺麗に編み込んで。
「バレッタとゴムとどっちがいいの?」
「バレッタ! これがいい!」
「あ、これどーしたんスか。新しい」
「昨日買ったばっかなの」
「へー。可愛いスね。ん、出来たよ」
ぱちん、と渡されたバレッタで留めて。
うん、我ながら中々の出来映え。
「おお、すげー。さっすが黄瀬!」
「まーね。せっかく可愛くしてあげたんスから、ぐちゃぐちゃにしないでよ」
「しないよー! ありがと、黄瀬」
へら、と笑った直後に予鈴が鳴って、慌てて出て行くのを見送って。
明日の昼休み。
また明日も四限が体育だから、来るんだろうな。
明日はいったいどんなリクエストをされるのかと、ノートを広げながらぼんやり考えた。
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