赤司と不出来な妹

 


多分、中学に上がった頃だった。
双子の兄とお揃いの赤い携帯を渡されて、始めはそれなりに喜んだ。
が、何故か私の携帯のアドレス帳には、家や父や兄や、とにかくその程度の情報以外が残らなかった。
友人と交換してもだ。
何故か翌日には綺麗さっぱり消えている。犯人なんて一人しか居ない。

兄だ。

半年ほどそれに耐えたが、それはいっこうに収まる気配は無く。私は、これを渡された理由を「不出来な赤司なめこが赤司家の人間として相応しくない言動をしないよう監視する為のツール」であるだろうとみなし、携帯ショップの前で逆向きにへし折った(資源は勿体ないので使用済み不要携帯回収BOXに投げ込んだ)。

以来、私は渡される携帯を悉くへし折り、スライド式は画面部分を吹っ飛ばして分離させ、これなら分離は出来ないだろうと渡されたタッチ式には画面になにかを突き立てた。勿論全部回収BOX行きだ。

そもそも兄が私に苦言を呈するようになったのはいったいいつからだったか。残念ながら忘れてしまった。人間は忘れることが出来る偉大な生き物なのだ。
兄に関することなど忘れてしまうのが一番自分を守る方法だと、ねちねちと続けられるお小言の中で気付いたのだ。

そして、兄や父には大変残念であろうが、不出来ながら私も赤司家の一員であった。勝利は基礎代謝などとほざく兄は負け知らずらしいから知らないが、まあ、つまり負けっぱなしではいられないのだ。―――例え、方向性がひねくれていようとも。

ブルル、と机の上で携帯が震え始めた。
鳴っていますよ、と言う黒子の声に画面を確認し、ふ、と薄ら笑いを浮かべ。

ドガッ、と図書室で立てるには些か不釣り合いな音が、当代携帯の断末魔であった。
私がデザインシザーを画面に突き立てた音である。

「……中々にバイオレンスですね」
「私、あの人が黒と言ったら白と言うし是と言ったら否と言うと決めているのよ」

私が自己防衛に自らに定めた誓いは、とことん兄に反抗することであった。
適わないなら張り合うことはしない。馬鹿らしいから。でも従うのは多分この身に流れる血が反するのだ。人の上に立ち、他を従えこそすれ、何故従わなければならないのだ、と。
うん、中々綺麗にひねくれたものだ。これも兄のお小言の賜物である。

さて、今日は家に帰った後のお小言には何を言い返してやろうか、とデザインシザーを置いて読みかけの本のページを捲った。

ただいま、と家に入れば、やはり仁王立ちの兄がいた。流石に予想通りの行動に遠慮無しに笑ってやろうかと思った。流石にやめた。
ずいっと無言で手を差し出してくるので、まあいつも通り穴の開いたスマートフォンをその手に乗せてやった。

「……お前、これで何台目だと思っている」
「さあ? あなたはご自分に不要なものの数をわざわざ把握しますか?」
「それも何度言えばわかる。これはお前に必要な物だから渡してやっているんだ」
「わざわざ渡して下さらなくて結構です、と何度申し上げましょうか。穴を開けるのも結構な労力なんですよ。私、あなたと違ってか弱くって」

わざとらしくひらひらと手を振りながらの芝居じみた動きに、ピクリと眉が上がった。機嫌を損ねることが出来れば上々だな、と内心ほくそ笑んだ。

「大体お前、何故俺より家に戻るのが遅い?」
「……好きな作家の新刊が出る日でしたから。書店に寄り道しました」
「学校のあとは家に真っ直ぐ帰れと何度言ったらわかる? 大体ただでさえお前は……」

出た。始まった。そろそろ一緒にそらんじることが出来る気がする。毎度毎度言うことは同じなのだ。全く赤司征十郎ともあろう人が芸が無さ過ぎるのではないか。

と思うが、まあこんな余裕綽々の思考と感情は別だ。そろそろ私にも沸々と溜まりに溜まった物があるわけで。

そしてとうとう、ぶつん、と切れる音がした。

「なめこ。黙っていないで、何か言うことはないのか」
「では申し上げたいことが」
「言ってみろ」

ずっと心に決めていた。この瞬間だけは今までのどんな微笑みよりも、美しく笑ってやるのだ。
そう、にこり、と。

「私、征十郎お兄様のこと、大嫌いです。そんなにお家が大事なら私、赤司の姓なんて要りませんし、喜んでお兄様の妹も辞めますよ」

とりあえず、今日はさつきちゃんのお家に泊まる約束してますから、荷物取りに戻っただけです。
と、仁王立ちの兄の横をすり抜け、部屋からミニボストンを持ってまた家を出た。

「黒子……ショック死するかも知れない……」
「僕も携帯の充電死にそうだから切っていいですか?」
「ふざけるなこれ家庭電話だろうがつまらん嘘をつくな」
「こっちの台詞ですよ赤司くん。いや、馬鹿司くん。君は何度なめこさんに悪態をつけば気が済むんです。心にもないことを吐く前に頭の中の弾幕を口に出せと何度言わせるんですか」
「万が一にも気持ち悪い兄だと思われたらどうするんだ!」
「既に嫌いだと言われたんならもう落ちるとこまで落ちたんじゃないですか」
「……っなめこが5年と2ヶ月と20日ぶりに微笑みかけて征十郎お兄様って呼んでくれたのに……!!」
「赤司くん、ストレートに気持ち悪いです」

当然、私がこんな会話を知る由は無いのである。


 
なんとかの鋏は使いよう


企画:傲岸不遜なお兄様!様に提出
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