澤村と最後の日

 


「なんか、ごめんな」

脈絡なく呟かれた言葉に、ぼとりと私の手からみかんが落ちた。
は、と我ながら間抜けな声を上げると、いやさ、と微妙な笑い方をしながら私が落としたみかんを拾った。

「なんていうか、恋人っぽいこと、全然出来てないなって思って。こないだ清水とか道宮にぽろっと言われたんだけど、なんだかんだなめこも寂しいと思うってさ」

あんないい彼女中々居ないし逃がすなよ、なんてことまで言われたらしい。全く、彼女達はつくづくいい友人たちである。

「そうだね、本音を言えば寂しいかな」
「う……スマン」
「でも大地が私を大事にしてくれてるとは思ってるつもりだし、むしろ私にかまけてバレー疎かにするような大地はいやかな」

彼の手の中から先ほど落としたみかんを受け取って口に放り入れた。うん、甘い。
もぐもぐごくんとみかんを味わって、私はさ、と彼の話に乗っかった。

「バレーしてる大地はかっこよくて好きだし、バレーと勉強と私とって全部を完璧にバランスよくなんて出来なくって、結局一番痛い目みるのが私でもさ、なんとかそれをやろうとしたりしてくれてるのが、愛しいなあと思ったりするわけだよ」
「……なんか、俺すげーカッコ悪くないかそれ」
「あら、大地知らないの? 女はね、カッコ悪いとこほど知りたい物だよ」

カッコ悪いとこを見せてくれた方が安心するの。

そう言って大地の向こうにある時計を見た。ああ、もうじき今年が終わる。今日が終わる。

「そうは言ってもな、なめこ」
「うん?」
「男はかっこいいとこだけ見て貰いたい生き物なんだよ」
「ジェンダー的に生まれるジレンマだねえ」

あはは、と笑う私に少しずつ大地が近付いてきて、こつんと額がぶつかる。
その頃にはさすがに私も笑うのを止めていた。

「……早いな、一年経つの」
「うん。早い。一年がこんなに早かったら、3月に卒業なんて、あっという間だよ」
「なめこ、就職だったよな」
「うん。もう決まってるよ」
「なめこ」
「大地、あのね」

誕生日おめでとう。

後少し先にある別れにはまだ目を伏せて。
つけっぱなしのテレビとどこからか聞こえる除夜の鐘の音を聞きながら、今年最後のキスをした。


 
[ 12/34 ]



「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -