葉山とお隣さん

 


えぐえぐと泣きじゃくる声と、すんすんひんひんと鼻やら喉を鳴らす音がする。……窓の外の、ベランダから。

こんな時期のこんな時間になにをしているんだ彼はと思いながらジャッと勢い良くカーテンを開けた。

居た。

窓のすぐ向こう側、スウェット姿でへたり込んで、年の割には幼げな顔は今は涙や鼻水でぐちゃぐちゃである。
指先や顔、耳も、多分外気温の所為、冷えて真っ赤だった。

私の姿を認めるや否や彼はまた、つい先ほど止んでいた、私の名前を呼びながら泣きじゃくる所行を始めた。
くそ、もうこれで一体何回目だ。やめろって言ってるのに!

冷たい外気が入ってくることと、冷えた彼が飛びついてくるのを覚悟して、かちゃんと窓の鍵を開けた。

「なめこちゃん!」
「ぎゃああああやっぱ葉山くん冷たいよばかあああああ」

夏ならばまだ暑苦しいだけで済むのに!
冬の冷気は馬鹿に出来ない。普通に死にそうだ。

お隣に住む大学生、葉山小太郎と知り合ったのはなんてことないご近所付き合いだった。
毎日忙しそうにくるくる動き回るのが可愛かったから、気紛れにご飯に誘ってあげたりなんてことをしていたら随分懐かれて。
一緒にお酒を呑むくらいの仲になってから発覚した。彼は、泣き上戸だった。

「なめこちゃん、なめこちゃん」
「うん、葉山くん冷たい。だからちょっと、あの、ココアとか淹れてあげるから、離れて下さい。ヒーターの前にでも居なさい君は」
「うん……っ」

これまたいつからだったか、彼はお酒を呑んで酔いが回ると、ベランダを乗り越えて私に泣きついてくるようになったのだ。

「はいココア」
「ありがと……なめこちゃんやさしー。俺マジ好き」
「酔っ払い……」

へらへら笑う大きな子供は心臓に悪い。
はふ、と酒臭い息をついてへへへと笑う葉山の頭をがしがしと無遠慮に撫で回した。

「うわっ!? なになに? なめこちゃんどーしたの?」
「おねーさん明日も仕事なんだよ葉山くん。もう君ここで寝て帰ってもいいから、私も寝てもいいかね」
「……なめこちゃん、そんなんだから困っちゃうなあ」
「……へ?」

ぐるんと視界が一転した。少しだけ見える天井と、あとは視界いっぱいに葉山の顔。
……あれ、こいつ、酔ってるんじゃ。

「ごめんねなめこちゃん。俺、最近はあんまり酔ってなかったんだ」
「……はっ?」
「冬は寒いから、ちょっと外に居たら酔ったみたいに顔が赤くなってね。でも息は誤魔化せないから、ちょーっとだけ酒は呑んでんの! だから、まあ、ちょっと涙腺緩いんだけど」

自分が泣き上戸だと自覚はあるらしい。
確かに、大きな目には涙の膜が張られている。
はあ、と熱っぽく吐かれた息はやっぱり酒臭い。

「ね、なめこちゃん」

俺も男だよ。

そう言ってぺろりと舌なめずりをした唇は酷く妖艶なのに、潤んだ大きな目が拒まないでと縋る子供のそれで。
あまりのアンバランスさにくらくらした。


 
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