二代目ワインレッド




情けないことにいつも大事なことを言い出すのは、嫁に先手を取られてばかりである。

付き合って7年、同棲して5年たった誕生日が近づいて来た日。向かい合って、俺の好物であるサンマの身をほぐして食べている最中にその爆弾は落とされた。
そして、まあ、周りに対しても色々と踏まなければならない順序もあったので、実際はその1年後。俺と嫁の誕生日だった日は、もう一つ別の意味を持つようになった。

そして現在、あの爆弾……いわゆる逆プロポーズから2年後。

「はい、行ってらっしゃい」
「行ってきます。なめこ、今日の晩飯」
「わかってるって。おいしーサンマ買ってくるね。だから、デザートよろしく」
「おう。任せとけ」

ニッ、と笑ったなめこに、同じくニッと笑って家を出た。

今日は俺と嫁、つまりなめこの、ニジュウウン回目の誕生日と、1回目の結婚記念日だった。

同期の既婚者はまだ少なくて、指輪を見つけたやつにここぞとばかりに突っつかれたのに答える中。どうせなら、いつもよりちょっといい店でディナーにしたらいいのに、なんて周り(特に女性)からは幾度となく言われた。
だけど、同棲を始めた頃から誕生日には彼女が俺の好物を食卓に並べてくれるのが恒例で。なにより、なめこ自身にそっちの方がいいかと尋ねたら、着ていくものがないし、畏ると肩がこるから、と。なんともらしい答えが返ってきた。

だから、俺たちの誕生日は毎年晩飯にサンマを、デザートにいつもよりちょっと高いドーナツを食べてお互いを祝った。

が。

(……結婚記念日、か)

なにも考えなかったわけじゃない。けれど、これというものがあまりにも浮かばなかった。
それというのも、恋人だった頃から、なめこはそういう"記念日"をわざわざ祝う質では無かった。それこそ、祝うのなんてお互いの誕生日くらいである。
だが、さすがのなめこも今回ばかりは忘れちゃいないだろう。なにせこの日を結婚記念日にしようと逆プロをかましたのはあいつだ。

スタンダードにアクセサリーなんかを送るのは悪くないと思う。あまり自発的に興味を示さないけれど、たぶん、普通に喜んでくれるし、普通に身に付けてくれると思う。

が。

(なんっか違うよなあ……)

はああ、と朝から盛大にため息を吐きつつカバンの中に手を突っ込んだとき。

「ん?」

見覚えのない、真新しい手帳に気付いて。
それを開いた瞬間、閃いた。

「ただいまーっ」
「あ、おかえりー」

お疲れ様、と赤いエプロンで笑う嫁を、本当に小突き回したい気持ちでいっぱいになる。
相変わらず、爆弾を落としたあとのへらりとした笑顔は、昔から変わらぬままだ。

「……なめこ」
「どうしたの? 早く上がっておいでよ」
「これは、一応誕プレな。ドーナツ」
「うん。ありがとう」
「で、これ」
「?」

先に渡したドーナツを一度下駄箱の上に置いて、差し出した袋を不思議そうに受け取る。
そして、中の箱を取り出してようやく、なめこは目を丸くした。

「これ」
「今度の休みは、それ履いてデートな。で、お前んとこの義父さん義母さんとか、うちの親んとこにも顔出しに行こう」
「……ん。うん。ありがとう」

いつもの、へらりとした顔ではなく。
もっと柔らかい顔で笑って、なめこはそっと箱の中を覗く。
そしてやっぱり、と小さく呟いて、笑みを深くした。

「ふふ、覚えてた?」
「……まあ、そりゃ」
「嬉しい」
「そりゃよかった」

なめこの抱きしめた箱の中には。
黒尾が昼休み、食事もそこそこに駆けずり回って経験者から安全性のお墨付きを得た、ローヒールのウェッジソール、ストラップ付きのワインレッドのパンプス。
そして黒尾のカバンにいつの間にか入っていた真新しい手帳の今日。メモ欄にメッセージが添えられていた。



(こうして改めて何か伝えようと思うと、口で伝えるよりよっぽど緊張するね。
私、いつも考えるより口が出ちゃうから、余計に。
まずは誕生日おめでとう。
それと、結婚記念日だね。これを機に伝えなくてはいけないことがあります。

鉄朗、あなた、お父さんになるんだよ。)


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